創世記23章 サラの死

サラの死

サラが127歳で死にました。
まぁ、この年齢をどれくらい真に受けていいのかは分からないですが、大往生ということでいいのではないでしょうか。
アブラハムは出かけていて、サラの死に目には会えなかったようですね。

さて、アブラハムはサラを墓に葬るため、ヒッタイト人の土地を買い取ることにします。

創世記 23:4 「私は、あなたがたのところに在住している寄留者ですが、あなたがたのところで私有の墓地を私に譲っていただきたい。そうすれば、死んだ者を私のところから移して、葬ることができます。」
23:5 ヒッタイト人たちはアブラハムに答えた。
23:6 「ご主人、私たちの言うことをお聞き入れください。あなたは、私たちの間にあって神のつかさです。私たちの最上の墓地に、亡くなった方を葬ってください。私たちの中にはだれ一人、亡くなった方を葬る墓地をあなたに差し出さない者はおりません。」

この時のヒッタイト人の様子を見ると、アブラハムは気流者の身であってもかなり尊敬されていたことが判ります。
商人としてかなり成功していたのでしょうが、それ以上にアブラハムの人格による影響が大きかったのではないかと思います。
そして何よりも、「神のつかさ」と呼ばれていますから、神さまを知るものとして大きな影響力を持っていたのでしょう。
神さまと共に生きている人は、そのような不思議な魅力を身に着けます。
私たちも、人々の中で「神のつかさ」として一目置かれる人となっていきたいですね。

ヒッタイト人との交渉

さて、ヒッタイト人たちからの行為を受けたものの、実際に墓地となる土地を購入しなければなりません。
アブラハムは、土地を売って欲しいと彼らに願います。
特に、アブラハムが墓地を作りたいと願っていた場所は、エフロンという人が持ち主だということがわかりました。
そこでアブラハムは、エフロンと話し合います。

エフロンはこのように言いました。

創世記 23:11 「いいえ、ご主人。どうか、私の言うことをお聞き入れください。あの畑地をあなたに差し上げます。そこにある洞穴も差し上げます。私の民の者たちの前で、それをあなたに差し上げます。亡くなった方を葬ってください。」

「お、ラッキー!」と思うかもしれませんが、これはこの地域の商売の礼儀で、「本当ですか!? ありがとうございます!」と受け取ってはいけません。
面倒くさい人たちだと思うかもしれませんが、日本にも「3回は断らないといけない」みたいな文化がありますよね。
あれと同じようなものです。
これを受け取ってしまうと、「あいつは礼儀知らずな奴だ」と言われて、下手をすると彼らを敵に回すことになってしまうわけです。

そのこともあってか、それとも妻のためにはちゃんとお金を払って墓地を買いたいと思ったからか、アブラハムはその話を断ります。
すると、エフロンはこのように言います。

創世記 23:15 「では、ご主人、私の言うことをお聞き入れください。銀四百シェケルの土地、それなら、私とあなたの間では、何ほどのこともないでしょう。どうぞ、亡くなった方を葬ってください。」

僕たちには四百シェケルがどれくらいの金額なのかわかりませんが、べらぼうに高い金額です。
文化的に値切るのが当たり前の文化ですから、「言い値」で買うなんていうことは、普通はないからです。
でもアブラハムは、最初に言われた四百シェケルで購入しました。

アブラハムにとっては、愛する妻の墓を購入するのに折り目をつけたくなかったのでしょうね。

そして、これがアブラハムが実質的に所有する唯一の土地となりました。
神さまが約束していた、「歩き回ったところは全部あなたのものとなる」という話しとはずいぶん違いますね。
でも、アブラハムは「神さまが約束を守ってくれない」とは思っていませんでした。

それは、必ず子孫たちに与えられると信じていたからです。
それが信仰というものですね。