出エジプト記 9章 疫病・腫れ物・雹(9:1–35)
1. 第五の災い:家畜の疫病(9:1–7)
● 家畜はエジプトの経済の中心
牛・ろば・らくだ・羊・山羊などは、 農業・運搬・交易・宗教儀式の基盤でした。
神はその中心を打ちます。
「エジプトの家畜はすべて死んだ。」
● ゴシェンの家畜は一頭も死なない
ここで再び「区別」が起こります。
イスラエルの家畜は守られた。
これは、 神の選びの民を守る主権の宣言です。
● ファラオは確認するが、心はかたくな
ファラオは使者を送り、 イスラエルの家畜が無事であることを確認します。
しかし──
「ファラオの心はかたくなになった。」
事実を見ても、心は変わりません。
2. 第六の災い:腫れ物(9:8–12)
● 灰を空中にまくと、腫れ物が発生
モーセが炉の灰を空中にまくと、 人と家畜に「腫れ物(悪性のできもの)」ができます。
これは、 身体そのものが裁かれる災いです。
● 魔術師は立てなくなる
魔術師たちは、 腫れ物のためにモーセの前に立つことすらできません。
魔術師の力は完全に崩壊した。
ここで、 エジプトの宗教的権威が完全に無力化されます。
● 神がファラオの心をかたくなにする
「主がファラオの心をかたくなにされた」と記されています。
これは、 ファラオが自ら拒絶し続けた心を、神がそのまま“強固にされた” という意味です。
3. 第七の災い:雹(9:13–35)
● 雹はエジプトではほぼ起こらない異常現象
エジプトは乾燥地帯で、雹は極めて稀です。
だからこそ、この災いは「自然現象」ではなく、 神の直接介入であることが強調されます。
● 神は目的を明確に語る(9:14–16)
神はファラオにこう言います。
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「わたしのような者はいないことを知らせるため」
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「わたしの名が全地に知られるため」
つまり、災いは 神の主権の啓示であり、 神名(ヤハウェ)の宣言です。
● 雹と火が混じった嵐(9:23–26)
モーセが杖を伸ばすと、 前代未聞の嵐が起こります。
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雹が降り
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火が地を走り
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作物が打ち砕かれ
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家畜が死に
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木々が折れる
これは、 自然界の秩序そのものが神によって揺さぶられた という災いです。
● ゴシェンには雹が降らない
再び「区別」が起こります。
イスラエルの地には雹が降らなかった。
神は、 裁きの中で民を守る方です。
● ファラオは初めて「罪を犯した」と告白する(9:27)
ファラオはこう言います。
「私は罪を犯した。主は正しい。」
これは、 表面的な悔い改めです。
災いが止むと──
「ファラオは再び心をかたくなにした。」
4. 章の神学的テーマ
1. 災いは「エジプトの神々への裁き」
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家畜:エジプトの神アピス
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身体:医療の神イムホテプ
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雹:天候の神ヌト・セト
災いは、 エジプトの神々が無力であることを示す神学的行為。
2. 神は「区別する」神
ゴシェンの民は守られ、 エジプトだけが裁かれる。
これは、 契約の民の特別な保護を示す。
3. 魔術師の力は完全に崩壊する
腫れ物の災いで、 魔術師はモーセの前に立てなくなる。
人間の宗教的権威は神の前では無力。
4. ファラオの悔い改めは「表面的」
雹の災いで「罪を犯した」と言うが、 災いが止むと心が固くなる。
これは、 苦しみの中の一時的な悔い改めの危険性を示す。
5. 神の目的は「主の名が全地に知られること」
災いは罰ではなく、 神の名の啓示である。
5. まとめ
出エジプト記9章は、 災いが深刻化し、神の主権が圧倒的に示される章です。
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家畜の疫病:経済の中心が崩壊
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腫れ物:身体と宗教的権威が崩壊
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雹:自然界の秩序が崩壊
そして、 イスラエルは守られ、ファラオはかたくなになり、 神の名が全地に知られる。
災いは単なる罰ではなく、 神の主権の啓示、エジプトの神々への裁き、 そして契約の民の保護の宣言です。

