紀元1世紀の教会を訪れる(2)

目次

アキラとプリスカが購入したアパート

そのブロックの一角に、二棟の戸建ての家があった。
丘の上の豪邸のような家ではなく、ごく普通の快適そうな家だ。
クレメンスの説明によれば、二つのうち豪華な方の家はまだ個人の所有になっているとのことだった。

その家は何代にも渡って同じ家族に所有され、今のオーナーは、アパートや下宿にするために売却することを何度も勧められたが、断り続けてきた。
そんなことが、ローマ中で増え続けているらしい。
外国人の流入が多いことと、一部の裕福な市民が海岸沿いの豪華な別荘を好むことが、この変化の要因となっている。

もう一方の建物は3つに分かれていた。
背後にギリシャ風の庭園がある棟を中心に、片方は長方形で、もう一方はL字型になっていて大きく、正方形のローマ式ホールを取り囲むような作りになっている。
そして、道路に面している部屋は店として作り変えられていた。
アキラとプリスカはこの建物を購入し、彼らはそこで仕事を続けながら快適な生活を送ることができるようになったのである。
いわば「最高のものを手に入れた」のだ。

家の前まで来ると、店先は閉ざされ、縦長の木製シャッターによって通行者側からは完全に遮断されているのが見えた。
その隣には小さな前庭があり、我々は通りからそこへ入っていった。
数歩進むと、アパートの扉が開いているところに出た。

扉には、アキラの名まえと商号が記された小さな看板が掲げられている。
誰も見当たらなかったので、クレメンスは何度か扉を叩いて注意を促した。
扉には、ドアノックもなければベルも付いていなかったからである。

「早すぎただろうか?」クレメンスはユウオディアに尋ねた。
「そうでもありませんわ」彼女は答えた。「たぶん、私たちが最初に到着したのでしょう。」

ほどなくして現れたのは、やや細身の中肉中背の男性で、颯爽とこちらに向かってきた。
彼はユダヤ人であるとあらかじめ知らされていたが、特に心配することはなかった。
我々ローマ人はこのようなことには寛容だったし、ユダヤ人とは良い関係を築けていたからだ。
とは言え、彼らの家でごちそうになるのは初めての経験だった。

普通、彼らが外国人をもてなすなどということはない。
それは、彼らの宗教的な規則に関係しているのだと、私は理解している。
たいがいは孤立していて、国外に移住した者たちでさえそうなのだ。
しかしこの人物は、先日クレメンスから聞いたところでは、色んな意味で型破りなユダヤ人であり、はるかに進歩的な考えを持っているようだ。

型破りなユダヤ人

「帝国の各地を転々としているからでしょうか?」と聞いてみたが、
「いや、それが原因ではない」と、彼は答えた。「まぁ、多少関係はあるかもしれないが、新しい世界観を取り入れたことで、そういうものの見方ができるようになったのだよ。」

すべてが出そろったので、ここで少し説明しておこう。

クレメンスとユウオディアは、かつてコリントで滞在中にアキラとプリスカを通して「新しい世界観」と出会い、関心を持った。
コリントを出る少し前に、彼らはこの新しい世界観に心を捕らえられ、ローマへの移住を決めた後もそれが続いているのだという。

もっとも、最初は大変だったようだ。
ローマには宗教的なグループが不足しているというわけではない。
さまざまな神殿や寺院があるし、哲学学派も充実している。
だが、クレメンスとユウオディアが求めていたものは、どのカテゴリーにも当てはまらなかったのだ。

アキラ、プリスカと再会したことで、彼らの前途は明るくなった。
以前コリントやエペソで行っていたように、彼らは家での集まりを始めた。

私はと言うと、プライベートな宗教団体や哲学的な食事会というものについて聞いたことはあったが、どちらにも不信感があって参加したことはない。
しかしクレメンスは「そういうのとは違うんだ」と説明し、ユウオディアは「一緒に来ても違和感はないはずよ」と保証してくれた。

「まぁ、僕はあなた方を信頼しますよ」と、私は言った。

私のホストは極めて冷静なタイプだった

そして今、私はここにいるというわけだ。
少しナーバスだが、同じくらいの好奇心もある。
私のホストであるクレメンスは極めて冷静なタイプの人物なので、何か突拍子もないことに巻き込まれることはないだろうと私は判断した。

ギリシャ人である彼らは、我々ローマ人のような宗教的思想や、市民的な常識を十分に学んだわけではないので、最近見かける神秘主義的でエモーショナルな東洋のカルトに引っかかりやすい傾向があるのだろう。

しかし、あの過剰に道徳的で、一神教に対して中毒的な執着を持っているユダヤ人が、いくら型破りな人物とはいえ、そんなカルトに手を染めるなんてことがあるのだろうか。

(つづく)

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