紀元1世紀の教会を訪れる(3)

アキラが姿を現わすと、私の友人たちは彼が扉の前まで来るのも待たずに、アキラの元まで勝手に入って行った。
いつもの抱擁や挨拶の口づけが交わされたが、社交的なものではなく互いへの愛情が込められていた。

「ようこそ、ようこそ、ようこそ!」心を込めてアキラは言った。「神の祝福と平和がありますように。」
「あなたにもね」と、クレメンスは返した。「来ることができて嬉しいよ。」

不思議な光景

その後に起こったことは最も驚くべきことだった。
アキラはユウオディアにも抱擁し、挨拶の口づけをしたのだ。
それだけを見れば、二人が兄妹であるかのように見えた。
かの詩人マルティアリスなら、この光景を見て何と言ったことだろう。
彼は、ローマ人があらゆる機会にキスをする慣習を忌まわしいものだと言っていたが私も彼に賛同したくなる思いだった。

その後、プリスカも部屋に入ってきた。
彼女は、カラフルだがシンプルな作りの羊毛のガウンを着ていた。
同じような挨拶が繰り返されたが、その頃には私のことも紹介され、挨拶を交わしていたことを付け加えておこう。

「心から歓迎するわ、プブリウスさん」と、プリスカは言った。「クレメンスとユウオディアから、あなたがいらっしゃるかもしれないと聞いていました。」
外套を預けると、サンダルを脱ぎ、彼らが用意したスリッパに履き替えた。
そして花束が手渡され、ユウオディアが準備して持ってきた食事がみんなに配られた。

その後、私たちは話に没頭した。
アキラは流暢なギリシャ語で、最近私がした旅のこと、アカイアから海を渡った時の天候がどうだったか、ローマでの滞在期間などについて聞き出した。

その話の中で、彼が若かりし頃、洪水のために東部地方から押し寄せた何千人もの移民に混ざってポントスからローマに渡ってきたことを知った。
その間に彼はテント作りのビジネスを繁盛させて、この地域では有名だったアキリア一族の娘プリスカと結婚したのだという。

その後、クラウディウス皇帝が政治的な混乱を恐れてユダヤ人たちをローマから追放したことで、彼らは困難に直面することになった。
アキラとプリスカがコリントに根を降ろそうとした時、共通の仕事を通して私の友人と出会ったのである。

彼らはその後、エペソなどいくつかの地域に移住したが、ローマでのほとぼりが冷めると再びこの地に戻ってくることにした。
それなりに裕福になっていたので、彼らはかつて友人たちが住んでいた家から数ブロック離れた皮革産業が盛んな地区の近くに、質素なアパートを購入することができたわけである。

大家族の登場

ポントスにいた頃の話をアキラに尋ねようとした時、別の来客によってその話は遮られた。
それは4人の子供と、夫が亡くなってから息子夫婦と暮らしている年老いた老婦人からなる大家族であった。
紹介されたものの、全員の名まえを覚えているわけではない。

彼らはそれほど遠くない所に住んでおり、父親のフィロロギウスは、書籍販売や皮革の取引に携わっていたそうだ。
そうして「いき過ぎの挨拶」が続いている間、私は、私たちが立っている広々とした四角い部屋の様子を把握することができた。

このあたりは水道が整備されたようで、中央の小さな井戸は、以前は屋根からの雨水を受けるためのものだったが、観賞用になり、その側面は鉢植えで覆われ、室内庭園といった風情になっている。

その先には2つの寝室があって、現在カーテンが引かれている。
その内のひとつは、子どもたちが結婚して家を出たために空き室となっていて、恐らくゲストルームになっているのだろう。
ユウオディアの話によると、アキラとプリスカは客をもてなすことで評判となっていて、場合によってはゲストが数ヶ月滞在することもあるそうだ。

昼下がりの暑い屋外に比べて、室内は心地よい涼しさだった。
また、外の通りの喧騒と比較すると、この上ない静寂に包まれていた。

アキラとプリスカの評判のおもてなし

私は、先ほど到着した大家族との話に引き込まれていった。
それは、さらに二人のゲストが到着するまで続いた。
高級なライトローブを着た高貴な感じの紳士と、その人の奴隷と見てもさしつかえなさそうな簡素なチュニックを身に着けた二人組だ。

明らかに身分の違う二人だったのだが、驚き、さらにショックを受けたことに、アキラ夫妻はこの二人に対して何の区別もなく挨拶したのである。
子どもたちはすぐに私たちから離れ、奴隷の男を取り囲んだ。

「リュシアス、リュシアス!」と、子どもたちは大きな声で彼を呼んだ。
「おやおや」と、彼は恐がるようなそぶりを見せた。「野蛮人がローマに侵略してきたと言うんじゃないでしょうね!」

彼は明らかに若者たちの人気者で、男の子たちの髪を愛おしそうになでたり、女の子たちのドレスを褒めたりして、彼らとの再会を喜んでいるように見えた。(彼女たちは足首まである白いストールの上にゆったりとしたブラウスを着ており、男の子は年相応のベルト付きのチュニックを着ていた。)

私はじきに、奴隷の主人に紹介された。
彼の名はアリストブルスといい、比較的責任のある公職に就いている人物らしい。
しばらく彼の仕事の話題になったが、話があまり進まない内に、アキラが手をたたいて私たちの注意を引いた。

彼は、「2人の哲学者の間で一致を見つけるのは、2つの水時計の間で見つけるよりたやすい」というお決まりのジョークを言った。(セネカが始めたものだと言われているが、もしかすると他の人から聞いたのかもしれない。)そして、「ちょうど他のお客さんが来るという連絡があったので、そろそろダイニングルームに移動して、食事の準備をしましょう」と言った。

そろそろ集会が始まるのだろうか?

私は、この機会にクレメンスとユウオディアと合流し、ホールを後にした。

「そろそろ集会が始まるのですかね?」
私はクレメンスに尋ねると、彼はからかうように私を見つめ、口の端にわずかな笑みを浮かべた。

「それなら、私たちがこの家に来た瞬間から始まっているよ。」
そのように答えると、後は私自身に考えさせるよう仕向けた。

(つづく)

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