2026-07-16 / 最終更新日時 : 2026-07-18 crossroads キリスト教は初めてという人のために 信仰について考える 第1回:聖書が語る「信仰」とは何か──信じる努力ではなく、いのちの関係 日本人がクリスチャンになりづらいのはなぜだろう──そんな問いから始まった旅 日本人がクリスチャンになるのは難しい── 牧会の現場でも、日常の会話でも、何度となく耳にしてきた言葉です。 「なぜ日本人は信仰を持ちづらいのだろ […]
2026-07-15 / 最終更新日時 : 2026-07-18 crossroads キリスト教は初めてという人のために 壊れた関係に差し伸べられた手──十字架の救いとは何か 人は誰でも、心のどこかに「壊れた部分」を抱えて生きています。 自分を責めてしまう 人を傷つけてしまう 本当はもっと良く生きたいのにできない 心の奥に空白がある 生きているのに満たされない 聖書は、この状態を「罪」と呼びま […]
2026-07-14 / 最終更新日時 : 2026-07-13 crossroads コラム 霊的体験って、どうやって見分ければいいのですか? はじめに 教会の中で「霊的な体験」を語る場面は少なくありません。 祈っているときに何かを感じた、 誰かが預言を語った、 癒しが起こった、 心に強い思いが湧いた——。 こうした体験は、信仰生活の中で大きな励ましになることが […]
2026-07-12 / 最終更新日時 : 2026-07-10 crossroads コラム 聖書が教える夫婦関係──上下関係ではなく、いのちが循環する愛の関係 はじめに:夫婦関係に潜む「上下関係」の誤解 「妻は夫に従いなさい」という言葉は、 多くの人にとって“上下関係”の根拠のように聞こえます。 「夫が上で、妻は下」 「これが秩序だから従え」 「女性は従うべきだという価値観が嫌 […]
2026-07-10 / 最終更新日時 : 2026-07-10 crossroads コラム 聖書が教える権威とは何か──権威主義を超えて、いのちが流れる関係へ はじめに:なぜ「権威」が問題になるのか 教会の中で「権威」という言葉が使われるとき、 そこにはしばしば上下関係や支配構造が伴います。 牧師が上、信徒が下 教える側が上、学ぶ側が下 霊的に強い人が上、弱い人が下 こうした構 […]
2026-07-08 / 最終更新日時 : 2026-07-10 crossroads コラム 「良いことがあれば神がいる?」日本人の“ご利益的神観”と、聖書が語る“神の臨在”の違い はじめに 日本人の多くは、 良いことが起きると「神さまが助けてくれた」 悪いことが起きると 「神さまはいない」「見捨てられた」 と感じる傾向があります。 そしてその価値観は、クリスチャンとなった多くの方たちの中にも根強く […]
2026-07-06 / 最終更新日時 : 2026-07-10 crossroads コラム クリスチャンとお金 最近、「牧師が地域の人たちとの接点を持つために小さな商売を始めようと提案したところ、信徒や教団から批判された」という話を耳にしました。その牧師は、地域に開かれた関係を築きたいという純粋な思いから始めたにもかかわらず、 「 […]
2026-07-01 / 最終更新日時 : 2026-07-18 crossroads キリスト教は初めてという人のために 礼拝の本質──キリストの体として生きる礼拝 礼拝とは何でしょうか。 日曜日に教会へ行くこと。賛美を歌うこと。説教を聞くこと。 もちろん、それらは礼拝の一部です。 しかし聖書が語る礼拝の本質は、もっと深く、もっと広く、そしてもっと個人的です。 礼拝とは、神の価値を認 […]
2024-02-16 / 最終更新日時 : 2026-07-10 crossroads コラム 「一タラントで十分」の信仰 半分水が入ったグラスを見て、「まだ半分ある」と思う人と「もう半分しかない」と思う人がいるという話は聞いたことがあると思います。この違いは神さまから与えられているものの感じ方にも影響するなぁと思いました。 同じだけの祝福を […]
2021-12-29 / 最終更新日時 : 2026-07-10 crossroads コラム カルトに引き込まれないためにどうすればいいか 色んな方たちと話す中で思うのは、カルト化はどこか異端の教会にだけ起こるようなことではないということです。 規模の大小に変わらず起こるし、教会だけでなく会社のブラック化、家庭内のDVや様々なハラスメントなど、根っこは全て一 […]