第一コリント 12章 一つの体と多様な賜物(12:1-31)

背景

① 礼拝と賜物の問題

11章では、

  • 礼拝の秩序
  • 主の晩餐

について扱われた。

12章から14章では、御霊の賜物(霊的賜物)についての教えが展開される。

② コリント教会の混乱

コリント教会では、

  • 異言
  • 知恵の言葉
  • 預言

などの賜物が活発に用いられていた。

しかし、

  • 特定の賜物を誇る人々
  • 自分を優れていると考える人々
  • 他者を軽視する人々

が現れ、教会の一致が損なわれていた。

③ 賜物の目的の誤解

信徒たちは、賜物を自己評価や優劣の基準にしていた。

しかし神は、賜物を自己顕示のためではなく、教会を建て上げるために与えられる。

④ 一致と多様性

パウロは、

  • 賜物は多様である
  • 与える方は同じ聖霊である
  • 教会は一つの体である

ことを教える。

12章は賜物そのものよりも、「賜物を与えておられる神」と「賜物によって築かれる共同体」に焦点を当てている。

1. すべての賜物の源は聖霊(12:1-11)

① 異教時代との対比

パウロは、信徒たちがかつて偶像礼拝に導かれていたことを思い出させる。

しかし今は、聖霊によって導かれている。

② イエスを主と告白する信仰

「イエスは主です」

という告白は、聖霊によるものである。

真の霊的働きは、常にキリストを高くする。

③ 多様な賜物

賜物には様々なものがある。

例えば、

  • 知恵の言葉
  • 知識の言葉
  • 信仰
  • 癒やし
  • 奇跡
  • 預言
  • 霊の識別
  • 異言
  • 異言の解き明かし

などである。

④ 同じ聖霊

賜物は異なるが、その源は同じ聖霊である。

⑤ 聖霊の主権

聖霊は、

「みこころのままに」

賜物を分け与えられる。

人間が選ぶのではなく、神が主権的に与えられるのである。

パウロはどの賜物が最も偉大かを論じていない。

すべての賜物が聖霊から与えられていることを強調している。

2. 一つの体、多くの部分(12:12-20)

① 教会はキリストの体

パウロは教会を

「一つの体」

にたとえる。

体には多くの部分があるが、一つの生命によって結ばれている。

② 一つの御霊による一致

信徒たちは、

  • ユダヤ人
  • ギリシア人
  • 奴隷
  • 自由人

という違いがあっても、

同じ御霊によって一つの体へ加えられた。

③ 劣等感への答え

ある肢体が、「私は手ではないから必要ない」と言ったとしても、その価値は失われない。

④ 多様性は神の計画

神は意図を持って、各部分を配置された。

⑤ 全員が同じではない

もし全体が目なら、聞くことはできない。

もし全体が耳なら、見ることはできない。

多様性こそ神の設計なのである。

教会の一致は「全員が同じになること」ではなく、「異なる者たちが共にキリストに結ばれること」である。

3. すべての部分は必要である(12:21-26)

① 優越感への答え

今度は反対に、「私は目だから耳は不要だ」という考えが否定される。

② 弱く見える部分の重要性

体の中で弱く見える部分ほど、実は重要な働きをしている。

③ 神の意図

神は、目立つ部分だけでなく、目立たない部分にも価値を与えられている。

④ 分裂を防ぐため

神がそうされたのは、体の中に分裂が起きないため。

⑤ 共に苦しみ、共に喜ぶ

キリストの体の特徴は、

  • 一人が苦しめば共に苦しむ
  • 一人が尊ばれれば共に喜ぶ

ことである。

現代の教会でも、目立つ奉仕だけが重要なのではない。

祈りや支援などの見えない奉仕も神の前では尊い。

4. 神が教会に与えられた様々な働き(12:27-31)

① あなたがたはキリストの体

パウロは改めて宣言する。

「あなたがたはキリストの体です。」

そして一人ひとりが肢体である。

② 教会の様々な働き

神は教会に、

  • 使徒
  • 預言者
  • 教師
  • 奇跡を行う者
  • 癒やす者
  • 助ける者
  • 治める者
  • 異言を語る者

などを置かれた。

③ 全員が同じ賜物を持つわけではない

パウロは繰り返し問う。

  • 皆が使徒でしょうか。
  • 皆が預言者でしょうか。
  • 皆が教師でしょうか。

答えは当然「違う」である。

④ 多様性の確認

神は一人ひとりに、異なる働きを与えておられる。

⑤ さらにすぐれた道へ

章の最後で、パウロは

「さらにすぐれた道」

を示すと言う。

その答えが次章の「愛」である。

12章は賜物の重要性を語るが、それだけでは終わらない。

賜物を正しく用いるためには愛が必要である。

神学的意味

① 聖霊が賜物を与えられる

  • 人間が選ぶのではない
  • 神が与えられる
  • 神の目的がある

② 教会はキリストの体である

  • 多様である
  • 一つである
  • 相互に必要としている

共同体である。

③ 賜物は優劣を決めるものではない

  • 誇るためではない
  • 比較するためではない
  • 奉仕するためである

④ 劣等感も優越感も不要である

  • 小さすぎる肢体はない
  • 不要な肢体はない
  • 全員が必要である

⑤ 神は多様性を喜ばれる

  • 同一性ではなく
  • 多様性の中の一致が
  • 神の設計である

⑥ 教会は共に生きる共同体である

  • 共に苦しみ
  • 共に喜び
  • 共に成長する

よう召されている。

⑦ キリストとの関係

キリストは、

  • 教会の頭
  • 体全体の主
  • 聖霊を与える方
  • すべての賜物の目的地

である。

賜物が真に機能するのは、キリストを中心に据える時である。

まとめ

  • 第一コリント12章は霊的賜物と教会の一致について教える章である。
  • すべての賜物は聖霊によって与えられる。
  • 賜物は多様であるが、与える方は同じである。
  • 教会はキリストの一つの体である。
  • 劣等感を持つ必要はない。
  • 優越感を持つ必要もない。
  • 目立たない奉仕も神の前で重要である。
  • すべての信徒は互いを必要としている。
  • 賜物は教会を建て上げるために与えられている。

「教会はキリストを頭とする一つの体であり、聖霊によって与えられた多様な賜物を用いて互いに仕え合いながら、共に成長していく共同体である」