ルカ1:1-25 序文とヨハネ誕生の予告

神が沈黙を破られるとき

旧約聖書の最後の預言者マラキから約400年。

イスラエルの人々は長い間、新しい預言者の声を聞いていませんでした。

異国の支配の中で、多くの人々は神が約束された救い主を待ち望んでいましたが、神は沈黙しておられるように見えました。

しかしルカ福音書は、その沈黙が突然破られるところから始まります。


ルカが伝えたかったこと

ルカは他の福音書とは少し異なる始め方をしています。

彼はまず、

「私は綿密に調べた」

「順序立てて書く」

と述べます。

これはルカが、読者に単なる宗教的物語を伝えようとしているのではなく、

実際に歴史の中で起こった神の救いの出来事を伝えようとしていることを意味しています。

キリスト教の信仰は神話ではなく、歴史の中で働かれた神の事実に基づいているのです。


神が最初に始められたこと

興味深いことに、神は最初から救い主を登場させませんでした。

まず、救い主のための道を備える人物を遣わされます。

祭司ザカリヤが神殿で奉仕していたとき、御使いガブリエルが現れ、

あなたに男の子が生まれる

と告げます。

その子がバプテスマのヨハネです。

ヨハネの使命は、人々を自分へ向けることではありません。

人々を神へ立ち返らせ、やがて来られるメシアへと向けることでした。

神は救いを実現する前に、人々の心を整えられるのです。


人には不可能なところから始まる神

ザカリヤとエリサベツは高齢でした。

人間的に見れば、子どもが与えられる可能性はほとんどありませんでした。

しかし聖書の神は、しばしば人間の可能性が尽きたところから働きを始められます。

  • アブラハムとサラ
  • イサク誕生
  • サムエル誕生

そしてここでも同じです。

神は「あり得ない」と思われる状況を、救いの出発点とされました。

なぜなら救いは人間の力ではなく、神の力によるものだからです。


信仰と疑い

御使いの言葉を聞いたザカリヤは、

「何によってそれを知ることができるでしょうか」

と尋ねます。

彼は祭司でした。

神の約束をよく知っていました。

しかし知識があることと、信頼することとは別でした。

ザカリヤは信じ切ることができず、その結果としてしばらく口がきけなくなります。

一方で、後の段落に登場するマリアは

「おことばどおり、この身になりますように」

と応答します。

ルカは冒頭から、

神の救いの計画は進むが、人はそれに信仰で応答することが求められる

というテーマを描いているのです。


この箇所が私たちに語ること

私たちも時々、「神は何もしておられない」と思うことがあります。

祈りの答えが見えない。

状況も変わらない。

約束も遠く感じる。

しかしルカ1章は、神が沈黙しておられるように見える時でさえ、救いの計画は着実に進んでいることを教えています。

神は見えないところで働いておられます。

そしてその働きは、多くの場合、私たちが思い描く方法ではなく、人には不可能と思える場所から始まるのです。


この箇所の中心メッセージ

神は沈黙しておられるように見える時にも働いておられる。

そして神の救いの計画は、人間の不可能を超えて確実に前進していく。

私たちはそれを信仰をもって受け止めるよう招かれている。