ルカ12:13-34 富への警告

財産よりも神を求める

ある人が群衆の中からイエスに願います。

「先生。遺産を私と分けるように兄弟に言ってください。」

これは一見すると公平さを求める相談のように見えます。

しかしイエスは相続問題そのものには介入されませんでした。

なぜなら本当の問題は遺産の分け方ではなく、

その人の心が富に支配されていたこと

だったからです。

そこでイエスは、弟子たちが富とどのように向き合うべきかを教えられます。


貪欲に注意しなさい

イエスはまずこう警告されます。

「どんな貪欲にも注意して、よく警戒しなさい。」

そして続けて、

「人のいのちは、財産の豊かさによるのではありません。」

と言われます。

人は豊かになるほど安心できると思いがちです。

もっと持てば満たされると考えます。

しかしイエスは、人生の価値はいかに多く所有しているかによって決まるのではないと教えられます。

問題は富そのものではありません。

富を人生の拠り所としてしまうことが問題なのです。


愚かな金持ちのたとえ

そこでイエスは一つのたとえを語られます。

ある金持ちの畑が豊作になりました。

彼は考えます。

「倉をもっと大きくして、作物を全部蓄えよう。」

そして、

「たましいよ。これから何年分も蓄えがある。安心して楽しめ。」

と言います。

世間から見れば成功者です。

努力もしました。

計画性もありました。

しかし神は彼に言われます。

「愚か者。おまえのたましいは今夜おまえから取り去られる。」

この人の問題は、財産を持っていたことではありません。

人生の中心に神がいなかったことです。

彼の考えには、

「私」

「私の」

「自分の」

しかありません。

神も隣人も存在しませんでした。

そのため彼は豊かでありながら、神の前では貧しい人だったのです。


神に対して富む者

イエスはたとえをこう締めくくられます。

「自分のために宝を蓄えても、神に対して富まない者はこのとおりです。」

ここで問われているのは、

どれだけ所有しているかではなく、

神との関係において豊かであるか

ということです。

神に対して富むとは、

神を信頼し、

神の国を求め、

神から与えられたものを正しく用いる生き方です。


思い煩う必要はない

続いてイエスは弟子たちへ語られます。

「何を食べようか、 何を着ようかと、 心配するのはやめなさい。」

これは無責任に生きなさいという意味ではありません。

神への信頼を教える言葉です。

イエスは烏を例に挙げられます。

烏は畑を耕えず、倉も持ちません。

それでも神は養ってくださいます。

また野の花を例に挙げられます。

ソロモンの栄華も及ばない美しさで神は花を装っておられます。

それならなおさら、神はご自分の子どもたちを顧みてくださらないでしょうか。


父はあなたがたの必要をご存じである

イエスは言われます。

「あなたがたの父は、これらのものがあなたがたに必要であることをご存じです。」

異邦人たちは生活のことで必死に思い悩みます。

しかし弟子には天の父がおられます。

神は私たちの必要を知らないのではありません。

すべてをご存じです。

だから弟子は不安に支配されるのではなく、父なる神への信頼の中で生きることができるのです。


まず神の国を求めなさい

そしてこの段落の頂点で、イエスはこう語られます。

「ただ、御国を求めなさい。そうすれば、これらのものは加えて与えられます。」

イエスは、生活はどうでもいい とは言われませんでした。

むしろ優先順位を教えられたのです。

神の国を第一にする時、必要なものは神が備えてくださいます。

弟子の人生は、富を中心に回るのではなく、神の支配を中心に回るのです。


天に宝を積みなさい

最後にイエスは弟子たちへ語られます。

「あなたがたの宝のあるところに、あなたがたの心もあるのです。」

人の心は、最も価値を置いているものに引き寄せられます。

だからイエスは、

地上の宝ではなく、

天に宝を積むよう勧められます。

それは、現世ではがまんして天国で報いを受けなさいという意味ではありません。

神の国に価値を置き、 神を愛し、 神のみこころのために生きることです。

神のために用いたものは失われません。

永遠の価値を持つのです。


この箇所が私たちに語ること

現代社会は、もっと持つことが幸せだと語ります。

しかしイエスは、

「人のいのちは、財産の豊かさによるのではありません。」

と言われます。

お金や財産は必要です。

しかしそれらは人生の主人になってはなりません。

弟子の安心は貯蓄や所有物ではなく、父なる神にあります。

だから私たちは、

何を持っているかよりも、

何を求めて生きているかを問われています。

神の国を第一とする時、私たちは本当の豊かさを知るのです。


この箇所の中心メッセージ

富そのものではなく、富に依存する心が危険である。

弟子は地上の財産ではなく神を信頼し、神の国を第一に求めるよう招かれている。

真の豊かさとは、神に対して富むことである。

「人のいのちは、財産の豊かさによるのではありません。」(ルカ12:15)

「ただ、御国を求めなさい。そうすれば、これらのものは加えて与えられます。」(ルカ12:31)