ルカ20:1-19 イエスの権威を巡る論争

問われているのは権威の源

エルサレムへ入城されたイエスは、神殿を清め、その後も毎日神殿で教えておられました。

その姿を見た祭司長たち、律法学者たち、長老たちは、ついにイエスへ直接挑戦します。

彼らが問題にしたのは奇跡でも教えでもありません。

「そのようなことをする権威を、だれがあなたに与えたのか。」

ということでした。

しかしこの論争を通して明らかになるのは、権威の有無ではなく、

人々が神から来た権威を受け入れるかどうか なのです。


ヨハネのバプテスマはどこから来たのか

宗教指導者たちはイエスに尋ねます。

「どんな権威によってこれらのことをしているのか。」

するとイエスは逆に質問されます。

「ヨハネのバプテスマは、天からのものですか、人からのものですか。」

これは単なる話題の変更ではありません。

ヨハネはイエスの先駆けとして遣わされた預言者でした。

もしヨハネが神から遣わされたことを認めるなら、ヨハネが証ししたイエスの権威も認めなければなりません。

ところが彼らは答えられません。


真理より立場を守る人々

指導者たちは相談します。

「天からと言えば、『なぜ信じなかったのか』と言われる。」

「人からと言えば、民衆が怒る。」

彼らは真理を求めていません。

神の前で正しい答えを探しているのではなく、自分たちの立場を守ろうとしています。

そこで、

「どこからか知りません。」

と答えます。

するとイエスも、

「わたしも言いません。」

と応じられます。

彼らに情報が足りないのではありません。

従う意思がないのです。


ぶどう園の農夫たちのたとえ

続いてイエスはたとえを語られます。

ある人がぶどう園を作り、それを農夫たちに貸して旅へ出ました。

収穫の時になると、主人はしもべたちを遣わします。

しかし農夫たちは、

  • 一人を打ちたたき
  • 一人を侮辱し
  • 一人を傷つけて追い返しました

これは旧約時代を振り返るたとえです。

神は預言者たちを繰り返し遣わされました。

しかしイスラエルは何度もその声を拒みました。


愛する息子の到来

最後に主人は言います。

「愛する息子を送ろう。」

しかし農夫たちは、

「これは跡取りだ。殺してしまおう。」

と言います。

そして息子を園の外へ追い出して殺します。

ここでの息子は明らかにイエスご自身です。

ルカ3章のバプテスマの場面でも、

「あなたはわたしの愛する子」

と宣言されていました。

神は最後の使者として御子を遣わされました。

しかし人々はその方を拒むのです。


ぶどう園は他の人々へ

イエスは尋ねられます。

「主人はどうするでしょうか。」

そして答えられます。

「農夫たちを滅ぼし、ぶどう園を他の人たちに与える。」

これは神の裁きについての警告です。

問題はユダヤ人であることではありません。

神の民とされながら、その王を拒むことです。

神の国は一部の人々の独占物ではありません。

神の招きに応答する者へ与えられるのです。


捨てられた石が要の石となる

イエスはさらに詩篇118篇を引用されます。

「家を建てる者たちが捨てた石、それが要の石となった。」

人々はイエスを拒みます。

しかし神はその拒まれた方を中心に据えられます。

十字架は敗北に見えます。

しかしそれが神の救いの中心となるのです。

ルカ福音書全体が描いてきた逆転が、ここにも現れています。


指導者たちは理解した

ルカは最後に、

彼らはこのたとえが自分たちに向けて語られたことを知った

と記します。

つまり彼らは意味が分からなかったのではありません。

理解した上で受け入れなかったのです。

これはルカ16章の金持ちとラザロの結論ともつながります。

問題は証拠の不足ではなく、心の応答なのです。


この箇所が私たちに語ること

この段落で問われているのは、

「イエスに権威があるか」

ではありません。

むしろ、

「その権威を受け入れるか」

です。

宗教指導者たちは聖書を知っていました。

神殿にも仕えていました。

しかし神が遣わされた御子を拒みました。

私たちも知識だけで満足し、神の声に従わなくなる危険があります。

神の国とは、王であるキリストの支配を受け入れることです。

そして神は今も、捨てられた石であるキリストを救いの中心として据えておられるのです。


この箇所の中心メッセージ

イエスの権威は人からではなく神から来ている。

神は預言者たちに続いて御子を遣わされたが、多くの人々はその方を拒んだ。

しかし神は捨てられた御子を救いの要の石とされた。

問われているのは、キリストの権威を認め、その支配に従うかどうかである。

「家を建てる者たちが捨てた石、それが要の石となった。」(ルカ20:17)

「彼らは、このたとえをご自分たちに当てて話されたのだと気づいた。」(ルカ20:19)