マルコ10:1-16 結婚と子ども

離婚についての問い(10:1-4)

イエスがユダヤ地方へ来られると、多くの人々が集まり、いつものように教えられます。

そこへパリサイ人たちが来て、

「夫が妻を離縁することは許されていますか。」

と尋ねました。

彼らの目的は教えを学ぶことではなく、

「イエスを試すため」

でした。

そこでイエスは逆に、

「モーセはあなたがたに何と命じましたか。」

と問い返されます。

彼らは、

「離縁状を書いて離縁することをモーセは許しました。」

と答えました。


神の創造のみこころ(10:5-9)

イエスは、モーセの離婚規定が理想ではなく、

「あなたがたの心が頑ななので」

与えられたものであると説明されます。

そして創世記を引用しながら、結婚についての神の本来のみこころを示されました。

「神は初めから、人を男と女に造られた。」

さらに、

「ふたりは一体となる。」

と言われます。

結婚は単なる契約ではなく、神が結び合わせた一つの結合です。

そのためイエスは、

「神が結び合わせたものを、人が引き離してはなりません。」

と教えられます。


心の問題としての離婚(10:10-12)

家に入ってから、弟子たちはさらにこのことについて尋ねます。

イエスは、離婚と再婚の背後にある心の問題を指摘されます。

当時の社会では男性に有利な離婚制度が存在していました。

しかしイエスは、神の前では男女ともに同じ責任を負うことを教えられました。

主の関心は法律論争ではなく、結婚に対する神の本来の目的にありました。


子どもたちを祝福する主(10:13-16)

人々は子どもたちをイエスのもとへ連れて来ました。

しかし弟子たちは彼らを叱ります。

するとイエスは憤って言われました。

「子どもたちを、わたしのところに来させなさい。」

当時、子どもは社会的に重要視される存在ではありませんでした。

しかしイエスは、そのような小さな者たちを歓迎されます。

そして続けて、

「神の国はこのような者たちのものです。」

と語られました。


子どものように受け入れる信仰(10:15-16)

イエスは、

「子どものように神の国を受け入れるのでなければ、決してその中に入ることはできません。」

と言われます。

子どもの特徴は、自分の力や功績に頼らないことです。

神の国は、努力して勝ち取るものではなく、神の恵みとして受け取るものです。

そしてイエスは子どもたちを抱き上げ、手を置いて祝福されました。

ここに主の深い愛と受容が示されています。


結婚と子どもに共通する教え

一見すると、

  • 結婚の教え
  • 子どもの祝福

は別々の話に見えます。

しかし両方とも、

「神の創造のみこころを受け入れること」

が主題となっています。

結婚は神が定められたものであり、神の国もまた子どものようなへりくだった心で受け入れるべきものです。

どちらも、人間の都合ではなく神の視点から理解することが求められています。


この箇所が私たちに語ること

私たちは物事を自分の都合や権利から考えやすいものです。

しかしイエスは、神が最初に意図されたみこころへ目を向けさせられます。

また子どもたちを歓迎された主は、弱く小さな者を大切にされる方です。

神の国に入る者も、自分の力を誇るのではなく、子どものように神の恵みに信頼する姿勢が求められています。


この箇所の中心メッセージ

イエスは結婚について神の創造のみこころを示し、人間の都合ではなく神の視点から考えるよう教えられた。

また子どもたちを歓迎し、神の国はそのような者たちのものであると言われた。

神の国は、自分の力ではなく神の恵みに信頼する者に開かれている。

「子どものように神の国を受け入れるのでなければ、決してその中に入ることはできません。」(マルコ10:15)