出エジプト記38章 祭壇と庭 ── 贖いへの道(38:1-31)

出エジプト記38章は、幕屋の外庭と祭壇が完成する様子を記した章です。

37章では契約の箱、供えのパンの机、燭台、香の祭壇など、幕屋の内部に置かれる聖なる備品が作られました。

そして38章では、人々が最初に目にする場所である祭壇と庭が完成します。

この章の中心は建築の記録ではありません。

罪ある人がどのようにして聖なる神に近づくことができるのかということです。

神はご自身の民と共に住まわれます。

しかしその交わりには、神が備えられた贖いの道が必要でした。

背景

出エジプト記35章から37章にかけて、民は喜んで献げ物を持ち寄り、神の霊によって知恵を与えられた職人たちが幕屋を製作してきました。

37章では幕屋内部の備品が完成しました。

38章では、礼拝する人々が実際に近づく場所である祭壇と外庭が造られます。

神との交わりは、至聖所からではなく祭壇から始まるのです。

1. 青銅の祭壇(38:1-7)

最初に作られたのは青銅の祭壇です。

アカシヤ材で作られ、青銅で覆われました。

ここでは全焼のささげ物やいけにえが献げられます。

興味深いのは、幕屋へ来た人が最初に出会うのが祭壇であることです。

契約の箱でも、燭台でもなく、まず祭壇なのです。

これは神との交わりの前に、罪の問題が扱われなければならないことを示しています。

神は人を拒んでおられるのではありません。

しかし罪を見過ごしておられるのでもありません。

神は罪の贖いを備えた上で、ご自身のもとへ招いておられるのです。

2. 青銅の洗盤(38:8)

続いて洗盤が作られます。

その材料には会見の天幕で奉仕していた女性たちの青銅の鏡が用いられました。

祭司たちは祭壇に仕える前や幕屋へ入る前に、この洗盤で手と足を洗いました。

祭壇が贖いを示すなら、洗盤は清めを示しています。

神によって赦された者は、さらに清く歩むことへと招かれているのです。

3. 外庭の完成(38:9-20)

次に外庭が設けられます。

細い亜麻布の幕によって聖なる場所が区別されました。

その庭には一つの入口だけがありました。

神は無数の入口を設けられませんでした。

ご自身が定められた道を通して近づくようにされたのです。

これは神への道が人間の方法によるのではなく、神が備えられた方法によることを示しています。

同時に、その門は誰でも入ることができるよう開かれていました。

神は近づくことを拒んでおられるのではなく、正しい道を備えて招いておられるのです。

4. 幕屋建設の記録(38:21-31)

章の後半では、幕屋建設に使われた金、銀、青銅の量が記録されています。

モーセは神のために集められたものを明確に記録させました。

ここには誠実さと責任が見られます。

また、その莫大な量は、民がどれほど心から献げ物を持って来たかを示しています。

金の子牛のために使われた財産が、今は神の住まいのために用いられているのです。

神の恵みは、人の過去の失敗さえも新しい目的のために用いることができます。

この箇所が私たちに語ること

出エジプト記38章は、神への道が贖いによって開かれていることを教えています。

幕屋へ近づく人は、まず祭壇に向かわなければなりませんでした。

それは人が自分の正しさによって神に近づけないことを示しています。

神ご自身が贖いの道を備えてくださったのです。

また、この章は赦しと清めの両方の大切さを教えています。

祭壇だけで終わりではありませんでした。

洗盤も必要でした。

神は私たちを赦すだけでなく、清い歩みへと導いてくださいます。

さらに、この章はイエス・キリストを指し示しています。

祭壇の犠牲は十字架のキリストを予表しています。

キリストは完全ないけにえとしてご自身を献げられました。

そのため私たちは今、神の御前へ大胆に近づくことができます。

神との交わりへの道は、すでに神ご自身によって備えられているのです。

この箇所の中心メッセージ

神は祭壇と外庭を通して、ご自身へ近づく道を備えられた。

罪ある人はまず贖いを受け、その後に神との交わりへと招かれる。

祭壇と洗盤は、後にキリストによって完成される救いと清めを指し示している。

「彼は全焼のささげ物の祭壇をアカシヤ材で作った。」(出エジプト記38:1)