第一コリント 3章 神の畑、神の建物(3:1-23)

背景

① 分派問題の続き

1章と2章でパウロは、

  • 教会の分裂
  • 人間の知恵への依存
  • 十字架の中心性

について語った。

3章ではさらに、「なぜ分裂が起こるのか」という根本原因が明らかにされる。

② 肉的な信仰者たち

コリント教会の信徒たちは救われていたが、

  • 嫉妬
  • 争い
  • 派閥形成

を続けていた。

そのためパウロは彼らを「肉に属する者たち」と呼ぶ。

③ 指導者への過度な評価

教会では、

  • パウロ派
  • アポロ派

という対立が起きていた。

人々は指導者を比較し、

  • 誰が優れているか
  • 誰についていくべきか

を議論していた。

④ 神中心への回帰

パウロは、「教会は人間のものではなく神のものである」

ことを教えるため、

  • 畑
  • 建物
  • 神殿

という比喩を用いる。

今日の教会においても、牧師や教団、人間的なリーダーシップが強調されすぎると、同じ問題が起こり得る。

パウロはすべての栄光を神に帰している。

1. 乳飲み子のような信仰(3:1-4)

① 御霊の人として語れなかった

パウロは、コリントの信徒たちを成熟した信仰者として扱うことができなかった。

それは彼らがなお、肉的な状態にとどまっていたからである。

② 乳と固い食物

彼は、

  • 乳を与えた
  • 固い食物は与えなかった

と語る。

霊的成長には段階があるが、コリント教会は長い時間が経過しても成長が遅れていた。

③ 肉に属するしるし

その証拠として、

  • 嫉妬
  • 争い
  • 分裂

が挙げられる。

これは世の価値観で行動している証拠であった。

④ 派閥意識

「私はパウロにつく」

「私はアポロにつく」

という態度は、キリストではなく人間を中心にしていることを示していた。

霊的成熟は知識量では測れない。

愛と一致が成長の重要な指標となる。

2. 神が成長させてくださる(3:5-9)

① 奉仕者にすぎない

パウロは問いかける。

「アポロとは何ですか。パウロとは何ですか。」

二人とも、神が用いられた奉仕者にすぎない。

② 植える者と水を注ぐ者

パウロは植えた。

アポロは水を注いだ。

しかし、成長を与えたのは神である。

③ 神こそ中心

重要なのは、

  • 植える者ではない
  • 水を注ぐ者でもない

神ご自身である。

④ 神の畑

教会は、

「神の畑」

である。

信徒は神が育てておられる作物であり、教会は神の所有物なのである。

伝道者や牧会者は働くが、人を救い成長させるのは神である。

この理解は奉仕者の高慢も失望も防ぐ。

3. 神の建物を建てる責任(3:10-15)

① 知恵ある建築家

パウロは、自らを熟練した建築家にたとえる。

彼は福音という土台を据えた。

② 唯一の土台

その土台は、「イエス・キリスト」である。

他の土台は存在しない。

③ 建材の違い

その上に人々は、

  • 金
  • 銀
  • 宝石
  • 木
  • 草
  • わら

をもって建てる。

これは奉仕や働きの質を表している。

④ 火による吟味

終わりの日に、すべての働きは試される。

神は外面的な成功ではなく、その働きの真価を明らかにされる。

⑤ 報いと損失

良い働きは報われる。

しかし価値のない働きは焼き尽くされる。

それでも本人は救われるとパウロは語る。

ここは救いを失うかどうかを論じているのではなく、奉仕の評価について語っている箇所である。

4. あなたがたは神の神殿である(3:16-17)

① 神殿としての教会

パウロは教会を、「神の神殿」と呼ぶ。

ここでの対象は個人というよりも、教会共同体全体である。

② 聖霊の住まい

神の御霊が、教会の内に住んでおられる。

だから教会は特別な存在である。

③ 神殿を破壊する罪

教会を壊す行為、

  • 分裂
  • 争い
  • 偽りの教え

は重大な罪である。

④ 神の聖さ

神殿は聖なるものである。

教会は神に属する共同体として、その聖さを保つ必要がある。

現代では教会堂を神殿と考えがちであるが、パウロがここで語る神殿は建物ではなく神の民の共同体である。

5. 主にあってのみ誇る(3:18-23)

① 自分を欺いてはならない

パウロは、人間的な知恵を誇ることを戒める。

神の前で賢くなろうとするなら、まず自らの限界を認めなければならない。

② この世の知恵の限界

神は、世の知者たちの思いが空しいことをご存じである。

人間の知恵は救いをもたらさない。

③ 人を誇ることの愚かさ

だから、

  • パウロを誇る必要もない
  • アポロを誇る必要もない
  • ケファを誇る必要もない

のである。

④ すべてはキリストに属する

パウロは壮大な結論に至る。

  • 世界も
  • 命も
  • 死も
  • 現在も
  • 未来も

すべては信徒たちのものである。

そして、

「あなたがたはキリストのもの、キリストは神のものです。」

と締めくくる。

人間の指導者に固執する必要はない。

すべてはキリストにあって既に与えられているからである。

神学的意味

① 霊的成熟は一致に現れる

  • 知識だけではなく
  • 愛と謙遜によって
  • 成熟が示される

② 教会の成長は神の働きである

  • 人は植える
  • 人は水を注ぐ
  • 神が成長させる

のである。

③ キリストだけが土台である

  • 教派ではなく
  • 指導者ではなく
  • キリストが基礎である

④ 奉仕には責任が伴う

  • 働きは吟味される
  • 動機も試される
  • 神は報いを与えられる

⑤ 教会は神の神殿である

  • 神の所有物であり
  • 聖霊の住まいであり
  • 聖なる共同体である

⑥ 人を誇るべきではない

  • すべての恵みは神から来る
  • すべての奉仕者は神のしもべである
  • 栄光は神に帰される

⑦ キリストとの関係

キリストは、

  • 教会の唯一の土台
  • 神殿の主
  • 教会の頭
  • すべてのものの所有者

である。

信徒は指導者に属するのではなく、キリストに属する者として生きるのである。

まとめ

  • 第一コリント3章は霊的成熟と教会の本質を教える章である。
  • 分派争いは肉的な状態の現れである。
  • 奉仕者は神のしもべにすぎない。
  • 成長を与えるのは神である。
  • 教会は神の畑であり神の建物である。
  • キリストだけが唯一の土台である。
  • すべての奉仕は終わりの日に吟味される。
  • 教会は神の神殿である。
  • 人間を誇るのではなく主を誇るべきである。

「教会は神のものであり、キリストを唯一の土台として建て上げられる。すべての奉仕は神によって評価され、信徒は人ではなくキリストにのみ属する」