ルカ12:49-59 時を見分ける
今は決断の時である
この段落は、ルカ福音書の中でも特に厳しい言葉が続く箇所です。
イエスはこれまで神の国を宣べ伝え、多くの人々を癒し、神の救いを示して来られました。
しかし人々はなお決断を先延ばしにし、イエスが誰であるのかを真剣に考えようとしませんでした。
そこでイエスは、今という時がどれほど重要な時なのか を語られます。
神の国はすでに始まっています。
だから人々はその現実に応答しなければならないのです。
地に火を投げ込むために来られた
イエスはまず驚くべき言葉を語られます。
「わたしは地上に火を投げ込むために来ました。」
ここでの火は、単なる破壊ではなく、神のさばきと清めを表しています。
イエスの到来によって、人々の心が明らかにされるのです。
これまで曖昧にしていたものが曖昧なままではいられなくなります。
神の国が来た以上、人々は神に応答するか拒むかを迫られるからです。
イエスが受けるバプテスマ
続いてイエスは、
「わたしには受けるべきバプテスマがあります。」
と言われます。
もちろんこれはヨルダン川で受けられたバプテスマのことではありません。
ここで語られているのは、これから受ける十字架の苦しみです。
イエスはご自身の使命をよく理解しておられました。
神の国は十字架を通して実現されます。
そのためイエスは、エルサレムへ向かう歩みを止められませんでした。
平和ではなく分裂
さらにイエスは言われます。
「わたしが地上に平和を与えるために来たと思うのですか。」
多くの人がメシアに政治的な平和を期待していました。
しかしイエスは、
「そうではなく、むしろ分裂です。」
と語られます。
これはイエスが争いを望んでおられるという意味ではありません。
イエスに対する応答によって、人々の立場が分かれるということです。
ある人は信じ、
ある人は拒みます。
その結果、時には家族の中でさえ意見が分かれることがあります。
イエスは弟子になることの厳しさを隠そうとはされませんでした。
天気は分かるのに
イエスは群衆に問いかけます。
「あなたがたは地上や空の様子を見分けることを知っている。」
人々は雲を見れば雨を予測できました。
風を感じれば暑さを予測できました。
ところが、
「今の時代をどうして見分けないのですか。」
と言われます。
これは鋭い指摘です。
彼らは自然の兆候は読めました。
しかし目の前で起こっている神の働きは理解しようとしませんでした。
救い主が来られ、
神の国が近づき、
預言が成就しているのに、
その意味を受け止めようとしなかったのです。
和解を急ぎなさい
最後にイエスは、一人の人が訴訟相手と裁判所へ向かう途中のたとえを語られます。
もし途中で和解しなければ、裁判官の前に立ち、最終的に牢へ入れられることになります。
このたとえの中心は法律問題ではありません。
イエスは、
「まだ間に合ううちに神と和解しなさい」
と語っておられるのです。
神の国が来ている今こそ、悔い改めて神へ立ち返るべき時だからです。
決断を先延ばしにすべきではありません。
この箇所が私たちに語ること
私たちは将来のことを心配し、時代の変化を分析することに熱心です。
しかしイエスはまず、
「神が今何をしておられるのか」
を見分けるよう求められます。
信仰とは、終末の日時を計算することではありません。
神が今も働いておられることを知り、その呼びかけに応答することです。
そしてイエスは、決断を先延ばしにしないよう促しておられます。
神の国は遠い未来の話ではなく、今ここで向き合うべき現実なのです。
この箇所の中心メッセージ
イエスの到来によって神の国はすでに始まった。
そのため人々は神に対する応答を迫られている。
今は神の働きを見分け、悔い改めて神と和解するべき時である。
「あなたがたは地上や空の様子を見分けることを知っているのに、どうして今の時代を見分けないのですか。」(ルカ12:56)
「あなたは途中でその人と和解するように努めなさい。」(ルカ12:58)

