ルカ13:10-21 安息日の癒しと反対

神の国は人を解放する

ルカ13章前半では、悔い改めと実を結ぶことの必要性が語られました。

続くこの箇所では、その神の国が実際にどのような働きをもたらすのかが示されます。

イエスは安息日に一人の女性を癒されますが、それに対して会堂司は反発します。

ルカはこの出来事を通して、神の国は人を縛るものではなく、人を解放するものであることを教えています。


十八年間苦しんだ女性

安息日にイエスが会堂で教えておられる時、一人の女性がおりました。

彼女は十八年間、病の霊によって苦しめられ、腰が曲がったまま、まったく体を伸ばすことができませんでした。

十八年という長い年月は、彼女の苦しみの深さを物語っています。

多くの人は、彼女の状態はもう変わらないと思っていたでしょう。

しかしイエスは、その女性を見て自ら声をかけられます。

「女の方、あなたは病から解放されました。」

そして手を置かれると、彼女はすぐに体を伸ばし、神をあがめました。

ここで注目したいのは、この女性が癒しを求めたとは書かれていないことです。

イエスの側から近づき、憐れみを示されたのです。

神の恵みはしばしば、人が求めるより先に働き始めます。


会堂司の反発

ところが、この奇跡を喜ばない人物がいました。

会堂司です。

彼は群衆に向かってこう言います。

「働くべき日は六日あります。その日に来て治してもらいなさい。安息日にはいけません。」

彼は女性の回復よりも規則を優先しました。

しかもイエスに直接語るのではなく、群衆に向かって不満を表しています。

問題は安息日を大切にすることではありません。

神が与えた安息日の目的を見失っていたことです。

本来、安息日は神の恵みと救いを喜ぶ日でした。

ところが彼は、人の回復を妨げる規則へと変えてしまっていたのです。


「この人を解放してはいけないのか」

イエスは彼に答えられます。

「偽善者たち。」

そしてこう言われます。

「あなたがたは安息日でも、自分の牛やろばを解いて水を飲ませに連れて行くではありませんか。」

生活のために家畜を世話することは認めながら、

十八年間苦しんでいた人を解放することには反対する。

そこに矛盾がありました。

さらにイエスは女性を、

「アブラハムの娘」

と呼ばれます。

これは神の民として大切な存在であることを示す表現です。

そして言われます。

「この人を安息日にその束縛から解いてやるべきではありませんか。」

安息日の本当の目的は、束縛ではなく解放なのです。


神の国は小さく始まり大きく広がる

この出来事に続いて、イエスは神の国について二つのたとえを語られます。

一つはからし種のたとえです。

からし種は非常に小さな種ですが、大きく成長して木のようになります。

もう一つはパン種のたとえです。

少量のパン種が生地全体に広がっていきます。

どちらも共通しているのは、

神の国は最初は小さく見えても、確実に広がっていく

ということです。

当時、イエスと少数の弟子たちの働きは決して大きく見えませんでした。

宗教指導者たちは反発し、多くの人は本当の意味を理解していませんでした。

しかし神の国は既に始まっていました。

そして誰にも止めることはできませんでした。


解放と成長は神の国のしるし

女性の癒しと二つのたとえは深く結びついています。

神の国が来る時、

  • 束縛されていた者は解放される
  • 苦しんでいた者は回復される
  • 小さな始まりが大きな実りへと成長する

のです。

目の前の会堂司には、女性の回復よりも規則しか見えていませんでした。

しかしイエスは、神の国の現実を示しておられました。

そこでは人が生かされ、回復されるのです。


この箇所が私たちに語ること

私たちも知らないうちに、会堂司のようになってしまうことがあります。

正しさや形式を守ることに熱心になるあまり、人への憐れみを失ってしまうことがあります。

しかしイエスが示された神の国は、人を縛るものではありません。

人を自由にし、回復し、生かすものです。

また神の働きは小さく見えることがあります。

けれども、からし種やパン種のように、神の国は確実に広がっていきます。

ですから私たちは目先の大きさではなく、神が働いておられることを信頼して歩むことができるのです。


この箇所の中心メッセージ

神の国は人を束縛から解放し、回復をもたらす。

イエスは安息日の本当の目的が人を生かすことにあると示された。

また神の国は小さく始まっても確実に成長し、広がっていく。

「このアブラハムの娘を、安息日にその束縛から解いてやるべきではありませんか。」(ルカ13:16)

「神の国はからし種のようなものです。」(ルカ13:19)