ローマ6章 罪に対して死んだ者(6:1-23)

背景

① 恵みへの誤解への回答

5章の終わりでパウロは、

「罪の増し加わるところには、恵みも満ちあふれました。」

と語りました。

すると、「それならもっと罪を犯せば、もっと恵みが増すのではないか」という誤解が生じる可能性がありました。

② 義認から聖化へ

3〜5章では、

  • 信仰による義認
  • 神との和解
  • 恵みによる救い

が語られてきました。

6章では、救われた者がどのように生きるべきかがテーマとなります。

③ キリストとの結合

本章の中心には、信徒がキリストと結ばれているという真理があります。

信徒はキリストの死と復活にあずかる者とされています。

④ 本章の中心テーマ

ローマ6章の主題は、「信徒は罪に対して死に、神に対して生きる者とされた」ということです。

ローマ6章は、「どのように救われるか」から「救われた者はどのように生きるか」へ進む重要な転換点となっています。

1. 罪の中にとどまり続けるべきでしょうか(6:1-4)

① 誤った結論への反論

パウロは問いかけます。

「恵みが増し加わるために、罪の中にとどまるべきでしょうか。」

② 断固たる否定

彼は即座に答えます。

「決してそんなことはありません。」

③ 罪に対して死んだ者

信徒は、すでに罪に対して死んだ者です。

④ バプテスマの意味

バプテスマは、キリストとの結合を象徴しています。

⑤ キリストの死にあずかる

信徒は、キリストと共に葬られた者です。

⑥ 新しい命に歩む

それは、

「新しいいのちに歩むため」

です。

救いは罪を続けるための許可証ではありません。

むしろ罪から解放され、新しい生き方へ導き入れられる出来事です。

2. 古い人は十字架につけられました(6:5-11)

① キリストと一つにされた

信徒は、キリストの死だけでなく復活にも結ばれています。

② 古い人の十字架

私たちの古い人は、キリストと共に十字架につけられました。

③ 罪の体の滅び

その目的は、罪の支配が打ち砕かれるためです。

④ 罪の奴隷ではない

信徒はもはや、罪の奴隷ではありません。

⑤ 死んだ者は罪から解放された

キリストと共に死んだ者は、罪の支配から自由にされました。

⑥ 復活の命に生きる

キリストは復活され、もはや死に支配されることはありません。

⑦ 自分をどう見るべきか

パウロは命じます。

「自分は罪に対して死んだ者であり、神に対して生きている者だと認めなさい。」

信仰生活はまず「何をするか」ではなく、「自分が誰であるか」を知ることから始まります。

3. 罪を支配させてはなりません(6:12-14)

① 罪に体を明け渡さない

信徒は、自分の体を罪の道具にしてはなりません。

② 神に献げる

むしろ、復活した者として神に献げるべきです。

③ 義の器

体の各部分を、義のための器として用います。

④ 新しい支配者

以前の主人は罪でした。

しかし今は神が主人です。

⑤ 恵みの下にある

信じる者は、律法の下ではなく恵みの下にあります。

⑥ 罪は支配できない

そのため、罪はもはや信じる者を支配する権利を持っていません。

恵みは罪を容認する力ではなく、罪に勝つ力です。

4. 義の奴隷となった者(6:15-19)

① 再び誤解を否定する

パウロは再び問います。

「恵みの下にあるから罪を犯してもよいのでしょうか。」

② 再び否定

彼は再び、

「決してそんなことはありません。」

と答えます。

③ 奴隷の原理

人は従う相手の奴隷となります。

④ 罪の奴隷

以前は、罪の奴隷でした。

⑤ 従順による変化

しかし福音に従うことによって、新しい立場へ移されました。

⑥ 義の奴隷

今は義に仕える者となりました。

⑦ 聖さへの歩み

その結果として、聖なる生き方が生まれます。

人間は完全な独立者ではありません。問題は「誰に仕えるか」です。

5. 罪の報酬と神の賜物(6:20-23)

① 罪の奴隷の結末

昔の生き方は、最終的に死へと至るものでした。

② その実は何だったか

罪の実は、今では恥ずべきものです。

③ 聖化の実

しかし神に仕える者には、聖化の実が生じます。

④ 永遠の命

その行き着く先は永遠の命です。

⑤ 有名な結論

パウロは章を締めくくります。

「罪の報酬は死です。」

⑥ 神の賜物

しかし、

「神の賜物は、私たちの主キリスト・イエスにある永遠のいのちです。」(NASBからの翻訳)

人間が受け取るべきものは死でした。しかし神は恵みによって永遠の命を与えてくださったのです。

神学的意味

① 救いは罪からの解放です

  • 罪の赦しだけではありません
  • 罪の支配から自由にされます
  • 新しい人生へ導かれます

救いは単なる罪の赦しではなく、新しい生き方への招きです。

② キリストとの結合が救いの基礎です

  • キリストと共に死にます
  • キリストと共によみがえります
  • キリストと共に生きます

信徒の新しい人生は、キリストとの結び付きによって可能になります。

③ 信徒は新しい身分を持っています

  • 罪の奴隷ではありません
  • 神の子どもとされています
  • 義に仕える者となりました

神は私たちの立場そのものを変えてくださっています。

④ 恵みは聖さを生み出します

  • 放縦を生み出すのではありません
  • 従順を生み出します
  • 聖化へ導きます

真の恵みは、罪を容認するのではなく、神に従う力を与えます。

⑤ 聖化は救いの実です

  • 救われるためではありません
  • 救われた結果として現れます
  • 神との歩みの中で成長していきます

良い行いは救いの条件ではなく、救いの結果として現れます。

⑥ 永遠の命は神の賜物です

  • 報酬ではありません
  • 功績によるものではありません
  • 神の恵みによります

永遠の命は神から無償で与えられる贈り物です。

⑦ キリストとの関係

キリストは、

  • 私たちと共に死なれたお方
  • 私たちを新しい命へ導かれるお方
  • 罪の支配を打ち破られたお方
  • 永遠の命を与えてくださる救い主

です。

ローマ6章は、信徒が単に罪を赦された者ではなく、キリストと共に死に、キリストと共によみがえった新しい存在であることを明らかにしています。

この箇所が私たちに語ること

① 救われた者には新しい生き方が与えられている

ローマ6章は、「恵みが増し加わるために罪の中にとどまるべきでしょうか」という問いから始まります。

パウロは、救われた者はもはや以前と同じ人ではないと教えています。

救いは罪の赦しだけでなく、新しい人生の始まりでもあるのです。

② 私たちはキリストと共に生きている

バプテスマは、キリストの死と復活に結ばれたことを表しています。

私たちはキリストと共に死に、キリストと共に生かされた者です。

そのため、過去の罪に支配されたまま生きる必要はありません。

③ 罪はもはや主人ではない

信徒も誘惑や葛藤を経験します。

しかしローマ6章は、罪がもはや支配者ではないことを教えています。

私たちは罪の奴隷ではなく、キリストに属する者として生きることができるのです。

④ 恵みは罪を許すが、罪を勧めるものではない

神の恵みは限りなく豊かです。

しかしその恵みは、好きなように生きるための口実ではありません。

本当に恵みを知った人は、神を愛し、神に従いたいと願うようになります。

⑤ 日々自分を神に献げる

パウロは、自分の体を罪のためではなく、義のために神へ献げるよう勧めています。

信仰生活は一度の決断だけでなく、毎日の選択の積み重ねです。

今日も自分を神に委ねる歩みが求められています。

⑥ 真の自由は神に仕えることの中にある

この世は自由を「好きなことをすること」と考えます。

しかし聖書は、罪の奴隷から解放されて神に仕える時に、本当の自由があると教えています。

神に従うことは束縛ではなく、いのちへ至る道なのです。

⑦ 永遠のいのちは神からの賜物

ローマ6章は有名な言葉で締めくくられます。

「罪の報酬は死です。しかし神の賜物は、私たちの主キリスト・イエスにある永遠のいのちです。」

私たちは自分の功績によって永遠のいのちを得るのではありません。

神がキリストにあって与えてくださる恵みの賜物として受け取るのです。

この章の中心メッセージ

信徒はキリストと共に死に、キリストと共によみがえった者です。

そのため、もはや罪の支配の下に生きるのではなく、神に仕える新しい人生へと召されています。

ローマ6章は、恵みによる救いが罪を赦すだけでなく、罪の奴隷であった人を解放し、聖なる歩みへ導く力であることを教えています。

「罪の報酬は死です。しかし神の賜物は、私たちの主キリスト・イエスにある永遠のいのちです。」(ローマ6:23)