ローマ5章 アダムとキリスト(5:1-21)

 

背景

① 義認の結果としての祝福

ローマ3章では、

  • 信仰による義認
  • キリストの贖い
  • 神の恵み

が語られました。

5章では、義と認められた者がどのような祝福を受けるのかが説明されます。

② 義認から聖化への橋渡し

ローマ書はここで大きな転換点を迎えます。

1〜4章では、「どのように救われるのか」が中心でした。

5章以降では、「救われた者はどのような立場に置かれるのか」が語られます。

③ 二人の代表者

本章後半では、人類の歴史を代表する二人が比較されます。

  • アダム
  • キリスト

です。

パウロは、人類の問題と救いの解決をこの二人の対比によって説明しています。

④ 本章の中心テーマ

ローマ5章の主題は、「アダムによって罪と死が入り、キリストによって義と命が与えられた」ということです。

ローマ5章は、個人の救いだけでなく、人類全体の歴史を神の救済計画という視点から説明している重要な章です。

1. 義認によって与えられる祝福(5:1-5)

① 神との平和

信仰によって義とされた結果、私たちは神との平和を得ました。

これは心の平安だけではなく、神との敵対関係が終わったことを意味しています。

② 恵みの中に立つ

信徒は、神の恵みの支配の中へ入れられました。

③ 栄光への希望

私たちは、将来神の栄光にあずかる希望を持っています。

④ 苦難をも喜ぶ

さらにパウロは、苦難さえも喜ぶと言っています。

⑤ 苦難の実

苦難は、

  • 忍耐
  • 練られた品性
  • 希望

を生み出します。

⑥ 失望しない希望

この希望は空しいものではありません。

神の愛が聖霊によって私たちの心に注がれているからです。

救いは将来の天国だけではありません。神との平和と希望が、今の人生にも与えられています。

2. キリストの死に現された神の愛(5:6-11)

① 私たちが弱かった時

キリストは、人間が無力で罪深い状態にあった時に死なれました。

② 義人のためにも難しい

普通、人は義人のためでさえ命を捨てることはまれです。

③ 罪人のための十字架

しかし神は、罪人であった私たちのために御子を与えてくださいました。

④ 神の愛の証明

有名な御言葉が語られます。

「しかし神は、私たちに対するご自身の愛を明らかにしておられます。それは、私たちがまだ罪人であった時に、キリストが私たちのために死なれたことによるのです。」

⑤ 怒りから救われる

キリストの血によって、私たちは神の怒りから救われます。

⑥ 和解の完成

敵であった私たちは、神と和解させられました。

⑦ 生けるキリストによる救い

復活された主は、今も私たちを救い続けておられます。

神の愛は感情だけのものではありません。それは十字架という具体的な行為によって示された愛です。

3. アダムによって入った罪と死(5:12-14)

① 一人の人によって罪が入った

罪はアダムを通して世界に入りました。

② 死の到来

罪の結果として、死が全人類へ広がりました。

③ すべての人が罪を犯した

人類はアダムとの結び付きの中で、罪の支配下に置かれました。

④ 律法以前にも死は存在した

モーセの律法が与えられる以前から、死は人類を支配していました。

⑤ アダムは型であった

アダムは、後に来られるキリストの型として描かれています。

ここでパウロは、人類の問題が個人の罪だけではなく、アダムに始まる罪の支配にあることを示しています。

4. アダムとキリストの対比(5:15-17)

① 一人の違反と一人の恵み

アダムの違反によって、多くの人が死にました。

しかしキリストの恵みによって、さらに豊かな祝福が与えられます。

② 裁きと義認

アダムの罪は裁きをもたらしました。

キリストの恵みは義認をもたらしました。

③ 一人による支配

アダムによって死が支配しました。

④ キリストによる支配

キリストによって、命が支配するようになります。

⑤ 恵みの圧倒的な勝利

キリストがもたらす恵みは、アダムの失敗をはるかに上回ります。

パウロは単なる対比ではなく、キリストの勝利がアダムの敗北を圧倒的に超えていることを強調しています。

5. 一人の従順による義(5:18-21)

① 一人の違反

アダムの一つの罪によって、すべての人に罪定めが及びました。

② 一人の義の行為

キリストの従順によって、義認と命が与えられるようになりました。

③ 一人の不従順

アダムの不従順によって、多くの人が罪人とされました。

④ 一人の従順

キリストの従順によって、多くの人が義とされます。

⑤ 律法の役割

律法は罪を明らかにしました。

⑥ 恵みの増し加わり

しかし、罪が増し加わるところには、恵みも満ちあふれました。

⑦ 恵みの支配

章は壮大な結論で終わります。

罪が死によって支配したように、今は恵みが支配するのです。

ローマ5章は、人類の歴史の結末が罪ではなく、キリストの恵みであることを宣言して締めくくられています。

神学的意味

① 義認は神との平和をもたらします

  • 罪の赦しだけではありません
  • 神との和解を与えます
  • 平和の関係へ導きます

義認は、神との壊れた関係を回復する恵みです。

② 苦難にも意味があります

  • 忍耐を生み出します
  • 品性を形成します
  • 希望を強めます

神は苦難さえも信徒の成長のために用いられます。

③ 神の愛は十字架に現されました

  • 言葉だけではありません
  • 行動によって示されました
  • 完全に表されました

十字架は神の愛の最高の現れです。

④ アダムは人類の代表です

  • 罪をもたらしました
  • 死をもたらしました
  • 堕落を広げました

アダムを通して罪は全人類へ及びました。

⑤ キリストは新しい人類の代表です

  • 義をもたらしました
  • 命をもたらしました
  • 救いを完成されました

キリストによって新しい人類が始まります。

⑥ 恵みは罪に勝利します

  • 罪がどれほど大きくても
  • 神の恵みはさらに大きく
  • 救いを成し遂げます

神の恵みは罪よりもはるかに強力です。

⑦ キリストとの関係

キリストは、

  • 神との平和をもたらしてくださるお方
  • 神の愛を現してくださったお方
  • 第二のアダム
  • 義と命を与えてくださる救い主

です。

ローマ5章は、アダムによって始まった罪と死の歴史が、キリストによって終わりを迎え、新しい命の時代が始まったことを宣言しています。

この箇所が私たちに語ること

① 神との平和が与えられている

ローマ5章は、信仰によって義とされた者が神との平和を持つようになったことを教えています。

私たちはもはや神に敵対する者ではありません。

キリストによって神との関係が回復され、安心して神の前に立つことができるのです。

② 苦難の中にも希望がある

パウロは、苦難そのものを喜ぶと言っています。

それは苦しみが楽しいからではありません。

苦難が忍耐を生み、忍耐が練られた品性を生み、品性が希望へと導くことを知っているからです。

神は試練の中でも私たちを成長させてくださいます。

③ 神の愛はすでに示されている

私たちは時に、「神は本当に私を愛しておられるのだろうか」と考えることがあります。

しかし神は、私たちがまだ罪人であった時にキリストを十字架にかけることで、その愛を明らかにしてくださいました。

神の愛は感情ではなく、十字架という事実によって証明されています。

④ 救いは私たちの価値によるものではない

キリストは、私たちが立派になってから死なれたのではありません。

私たちがまだ弱く、神に背いていた時に救いの道を開いてくださいました。

そのため私たちは、自分の価値ではなく神の恵みによって受け入れられていることを覚える必要があります。

⑤ アダムにあって失われたものがキリストにあって回復される

アダムによって罪と死が世界に入りました。

しかしキリストによって義といのちが与えられました。

私たちの過去や失敗よりも、キリストの救いの力の方がはるかに大きいのです。

⑥ 恵みは罪よりも豊かである

ローマ5章の後半でパウロは、

「罪の増し加わるところに、恵みも満ちあふれました。」

と語ります。

これは罪を軽く見るための言葉ではありません。

どれほど深い罪があったとしても、神の恵みはそれを上回ることを示しています。

⑦ 私たちの希望は第二のアダムであるキリストにある

アダムに属する者として生まれた私たちは皆、罪と死の影響を受けています。

しかしキリストに属する者には、新しいいのちと希望があります。

信徒の未来はアダムによって決まるのではなく、キリストによって決まるのです。

この章の中心メッセージ

信仰によって義とされた者は、神との平和と確かな希望を与えられています。

アダムによって罪と死が全人類に及びましたが、キリストによって義と命が豊かに与えられました。

ローマ5章は、人類の絶望よりもキリストの恵みの方がはるかに大きく、救いの歴史はキリストによって完成へ向かっていることを示しています。

「しかし、罪の増し加わるところには、恵みも満ちあふれました。」(ローマ5:20)