ローマ8章 御霊による勝利(8:1-39)
背景
① ローマ書の頂点
ローマ7章でパウロは、
- 律法の限界
- 人間の無力さ
- 罪との葛藤
について語りました。
そして最後に、
「私はなんと惨めな人間なのでしょう。」
という叫びを記しました。
しかし8章では、その苦悩に対する神の答えが示されます。
② 律法から御霊へ
7章の中心が律法であったのに対し、8章の中心は聖霊です。
人間の努力ではなく、聖霊の働きによって勝利が与えられることが教えられます。
③ 救いの完成への視点
本章では、
- 現在の救い
- 将来の栄光
- 神の確かな愛
が語られます。
④ 本章の中心テーマ
ローマ8章の主題は、「聖霊によって生きる者には、罪の定めはなく、勝利と栄光が約束されている」ということです。
ローマ8章は、ローマ書全体の中でも最も希望に満ちた章の一つです。
人間の弱さで終わるのではなく、神の救いの確かさが力強く宣言されています。
1. キリストにある者に罪の定めはありません(8:1-4)
① 有名な宣言
章は喜びに満ちた言葉で始まります。
「こういうわけで、今やキリスト・イエスにある者が罪に定められることは決してありません。」
② 新しい法則
信徒は、
「いのちの御霊の律法」
によって自由にされました。
③ 罪と死の法則からの解放
キリストによって、罪と死の支配から解放されました。
④ 律法の限界
律法は人を救うことができませんでした。
問題は律法ではなく、人間の肉の弱さにありました。
⑤ 神の解決
神は御子を遣わし、罪を罪として裁かれました。
⑥ 律法の要求の成就
その結果、律法が求めていた義が信徒のうちに実現されます。
ローマ7章が「惨めな人間」の叫びで終わったのに対し、8章は「罪の定めはない」という勝利の宣言で始まります。
2. 肉による生き方と御霊による生き方(8:5-11)
① 二つの生き方
パウロは、
- 肉に従う生き方
- 御霊に従う生き方
を対比します。
② 肉の思い
肉の思いは神に敵対しています。
③ 御霊の思い
御霊の思いは、いのちと平安をもたらします。
④ 信徒の立場
信徒は肉に属する者ではなく、御霊に属する者です。
⑤ 聖霊の内住
神の御霊が信徒の内に住んでおられます。
⑥ 復活の希望
イエスをよみがえらせた聖霊は、信徒の体をも生かしてくださいます。
聖霊は単なる力ではありません。信徒の内に住まわれる神ご自身です。
3. 神の子どもとして生きる(8:12-17)
① 肉に負債はない
信徒はもはや肉に従う義務を負っていません。
② 御霊による歩み
御霊によって罪の行いを処理するよう求められています。
③ 神の子ども
御霊に導かれる者は、神の子どもです。
④ 奴隷の霊ではない
信徒は再び恐れに縛られる奴隷ではありません。
⑤ 子としての霊
私たちは、
「アバ、父」
と神を呼ぶことができます。
⑥ 相続人
神の子どもであるなら、神の国の相続人でもあります。
⑦ 栄光への道
苦難にあずかる者は、栄光にもあずかります。
救いとは単に罪の赦しではありません。神の家族として迎え入れられることでもあります。
4. 将来の栄光への希望(8:18-30)
① 現在の苦難
パウロは苦難の現実を否定しません。
② 比較にならない栄光
しかし未来の栄光と比べれば、現在の苦難は比較になりません。
③ 被造物のうめき
全被造物は、回復の日を待ち望んでいます。
④ 信徒のうめき
信徒もまた、救いの完成を待ち望んでいます。
⑤ 希望による忍耐
まだ見ていないものを希望して待ち続けます。
⑥ 御霊の助け
聖霊は私たちの弱さを助けてくださいます。
⑦ 執り成し
言葉にならないうめきをもって執り成してくださいます。
⑧ 万事が益となる
有名な御言葉が語られます。
「神は、神を愛する人々のために、すべてのことを働かせて益としてくださいます。」
⑨ 救いの計画
神は、
- あらかじめ知り
- あらかじめ定め
- 召し
- 義とし
- 栄光をお与えになります
救いは最初から最後まで神の恵みによるものです。
5. 勝利の確信(8:31-39)
① 神が味方である
パウロは問いかけます。
「神が私たちの味方であるなら、だれが私たちに敵対できるでしょうか。」
② 御子を惜しまれなかった神
神は御子さえ惜しまず与えてくださいました。
③ だれが訴えるのか
神が義とされた者を、だれも訴えることはできません。
④ キリストの執り成し
キリストは今も私たちのために執り成しておられます。
⑤ 苦難の現実
信徒には、
- 苦難
- 患難
- 迫害
- 飢え
- 危険
があります。
⑥ 圧倒的な勝利
それでも、
「私たちは、私たちを愛してくださった方によって、これらすべてのことの中にあっても圧倒的な勝利者です。」
⑦ 神の愛から離れない
最後に有名な確信が語られます。
何ものも、神の愛から私たちを引き離すことはできません。
ローマ8章は、信徒の勝利が自分の力ではなく、神の愛の確かさに基づいていることを示して終わります。
神学的意味
① キリストにある者に罪の定めはありません
- 過去の罪も
- 現在の弱さも
- 神の赦しによって覆われています
信徒は神の前に受け入れられています。
② 聖霊が信徒の内に住んでおられます
- 導きを与え
- 力を与え
- 成長させてくださいます
信仰生活は聖霊の働きによって支えられています。
③ 信徒は神の子どもです
- 恐れではなく
- 愛によって
- 神との関係を持っています
神は私たちを家族として迎えてくださいました。
④ 苦難の先に栄光があります
- 現在の苦しみは一時的です
- 神の計画は確実です
- 栄光が待っています
信徒の希望は失望に終わりません。
⑤ 神はすべてを益としてくださいます
- 苦難も
- 失敗も
- 試練も
神の御手の中で用いられます。
⑥ 神の愛は決して失われません
- 死も
- 人生も
- どのような力も
神の愛を壊すことはできません。
⑦ キリストとの関係
キリストは、
- 罪の定めから解放してくださるお方
- 聖霊を与えてくださるお方
- 神の子どもとしてくださいるお方
- 今も執り成しておられるお方
- 私たちを愛し続けてくださる救い主
です。
ローマ8章は、信徒の救いが神の御計画によって守られており、最終的な勝利と栄光が確実に約束されていることを宣言しています。
この箇所が私たちに語ること
① もはや罪に定められることはない
ローマ8章は、
「今やキリスト・イエスにある者が罪に定められることは決してありません。」
という力強い宣言で始まります。
私たちは失敗や弱さによって自分を責め続けることがあります。
しかしキリストにある者は、罪の宣告から解放された者です。
神は私たちを赦された者として見てくださっています。
② 聖霊は今も私たちの内に働いておられる
信仰生活は自分の努力だけで成り立つものではありません。
神は聖霊を与え、私たちを導き、支え、成長させてくださっています。
弱さを感じる時こそ、自分の力ではなく聖霊の助けに頼ることが大切です。
③ 私たちは神の子どもとして愛されている
神は私たちを単に赦しただけではありません。
神の家族として迎え入れ、
「アバ、父」
と呼ぶ特権を与えてくださいました。
信仰生活は恐れによってではなく、父なる神との親しい関係の中で歩むものです。
④ 苦難の中にも希望がある
パウロは苦難の現実を否定していません。
しかし現在の苦しみは、将来現される栄光と比べることができないと語ります。
試練の中にあっても、神が最終的な完成へ導いてくださることを信頼できます。
⑤ 神はすべてを益としてくださる
有名な
「すべてのことを働かせて益としてくださる」
という約束は、順調な時だけの言葉ではありません。
失敗も、痛みも、回り道も、神の御手の中では無意味になりません。
神はそれらを用いて私たちをキリストに似た者へと造り変えてくださいます。
⑥ キリストは今も私たちのために執り成しておられる
私たちは祈り方が分からないことがあります。
しかし聖霊は私たちのために執り成してくださり、キリストも父の右の座で執り成しておられます。
私たちは一人で信仰生活を送っているのではありません。
神ご自身が支え続けてくださっています。
⑦ 神の愛から引き離されることはない
ローマ8章の最後でパウロは、
- 死も
- いのちも
- 苦難も
- どんな力も
神の愛から私たちを引き離すことはできないと宣言します。
信徒の確信は自分の強さではなく、決して変わることのない神の愛にあります。
この章の中心メッセージ
キリストにある者にはもはや罪の定めがなく、聖霊によって新しい命に生かされています。
信徒は神の子どもとして愛され、苦難の中にあっても将来の栄光へと導かれています。
ローマ8章は、救いが神の御業によって完成へ導かれること、そして何ものも神の愛から私たちを引き離すことができないことを力強く宣言しています。
「私は確信しています。死も、いのちも、御使いたちも、支配するものたちも、今あるものも、後に来るものも、力あるものたちも、私たちの主キリスト・イエスにある神の愛から、私たちを引き離すことはできません。」(ローマ8:38-39)

