ローマ9章 神の主権的選び(9:1-33)
背景
① 新しい主題への転換
ローマ1〜8章でパウロは、
- 人類の罪
- 信仰による義認
- 聖霊による新しい命
- 救いの確信
について語りました。
しかしここで一つの大きな疑問が生じます。
「もし神の約束が真実なら、なぜ多くのユダヤ人はキリストを拒んでいるのでしょうか。」
② イスラエルの問題
ユダヤ人は、
- 神の選びの民
- 契約の民
- 約束の民
でした。
それにもかかわらず、多くのユダヤ人がメシアを受け入れませんでした。
③ 神の約束は失敗したのか
パウロは、神の約束が無効になったわけではないことを説明します。
④ 本章の中心テーマ
ローマ9章の主題は、「神はご自身の主権と恵みによって人を選ばれる」ということです。
ローマ9章は、救いが最終的には人間の努力ではなく、神の憐れみと主権的な選びによることを強調する章です。
1. イスラエルへの深い悲しみ(9:1-5)
① パウロの悲しみ
パウロは、自分の民族であるイスラエルのために深い悲しみを抱いていました。
② 絶えない苦しみ
彼は同胞がキリストを拒んでいることを痛みとして感じていました。
③ 身代わりになりたい願い
パウロは極めて強い表現を用いて、自分が呪われても同胞が救われるならそれを望むと語ります。
④ イスラエルの特権
イスラエルには、
- 子とされること
- 栄光
- 契約
- 律法
- 礼拝
- 約束
が与えられていました。
⑤ メシアもイスラエルから来られた
キリストご自身も人としてはイスラエルから出られました。
パウロはイスラエルを非難するためではなく、深い愛と悲しみをもって語っています。
2. 神の約束は失敗していない(9:6-13)
① 神のことばは無効ではない
パウロはまず、神の約束は失敗していないと宣言します。
② 真のイスラエル
すべてのイスラエル民族が、霊的な意味でイスラエルなのではありません。
③ イサクの選び
アブラハムには複数の子どもがいました。
しかし神はイサクを選ばれました。
④ 双子の例
さらにヤコブとエサウの例が挙げられます。
⑤ 行いによらない選び
二人がまだ生まれておらず、善も悪も行っていない時に、神はヤコブを選ばれました。
⑥ 神の目的
それは、神の選びが人間の行いではなく神の召しによることを示すためでした。
神の選びは人間の功績ではなく、神の主権に基づいています。
3. 神の憐れみと主権(9:14-18)
① 神は不公平なのか
ここで自然な反論が出てきます。
「それでは神は不公平なのでしょうか。」
② 決してそうではない
パウロは強く否定します。
③ モーセへの言葉
神はモーセに、
「わたしは、あわれもうと思う者をあわれむ。」
と言われました。
④ 人間の努力ではない
救いは、人の願いや努力によるものではありません。
⑤ 神の憐れみによる
神の憐れみによるのです。
⑥ パロの例
パロの場合も、神の力と栄光を示すために用いられました。
神は完全な知恵と正義をもってご自身の計画を進めておられます。
4. 陶器師と粘土(9:19-29)
① 人間の反論
さらに人は尋ねます。
「それなら、なぜ神は人を責められるのですか。」
② 被造物の限界
パウロは、被造物が創造主に抗議できないことを示します。
③ 陶器師のたとえ
神は陶器師、人間は粘土にたとえられています。
④ 神の権利
陶器師が器を作る権利を持つように、神は主権を持っておられます。
⑤ 憐れみの器
神は憐れみの器をあらかじめ備えておられます。
⑥ 異邦人への救い
神の選びはユダヤ人だけでなく、異邦人にも及びます。
⑦ 預言の成就
ホセア書やイザヤ書の預言によって、これらはすでに示されていました。
神の救いの計画は旧約時代から一貫して進められていました。
5. イスラエルのつまずき(9:30-33)
① 異邦人の到達
異邦人は律法を追い求めていなかったにもかかわらず、信仰によって義に至りました。
② イスラエルの失敗
一方イスラエルは、律法による義を求め続けました。
③ 信仰によらなかった
彼らは信仰ではなく、行いによって義を得ようとしました。
④ つまずきの石
その結果、キリストにつまずいてしまいました。
⑤ 信じる者は失望しない
しかし神は約束されます。
「彼に信頼する者は失望させられることがない。」
救いの鍵は民族的特権ではなく、キリストへの信仰にあります。
神学的意味
① 神は主権者です
- 歴史を支配し
- 救いを導き
- ご自身の計画を完成されます
神の御計画は決して失敗しません。
② 救いは恵みによります
- 功績によらず
- 行いによらず
- 神の憐れみによります
救いは神から与えられる恵みです。
③ 神の約束は真実です
- 人間の不従順があっても
- 失敗することなく
- 成就されます
神は契約に忠実なお方です。
④ 人間は神に従うべきです
- すべてを理解できなくても
- 神を信頼し
- 神に従います
被造物としての謙遜が求められます。
⑤ 信仰が救いの道です
- 民族によらず
- 立場によらず
- キリストを信じる者に救いが与えられます
救いの入口は常に信仰です。
⑥ キリストはつまずきの石でもあります
- 信じる者には救い
- 拒む者にはつまずき
となります人はキリストへの応答によって分けられます。
⑦ キリストとの関係
キリストは、
- 神の約束を完成されたお方
- 信じる者の救い主
- つまずきの石
- 神の選びを成就されるメシア
です。
ローマ9章は、救いの歴史の背後に神の主権が働いていることを示しながら、最終的にはキリストへの信仰こそが救いの道であることを明らかにしています。
この箇所が私たちに語ること
① 神の救いは恵みによって始まる
ローマ9章は、救いが人間の努力や功績によって得られるものではなく、神の憐れみと恵みによることを教えています。
私たちは自分の資格や成功を誇るのではなく、神の恵みに感謝しながら歩むよう招かれています。
② 神の計画は人間の理解を超えている
パウロは神の選びについて語りながら、神が人間の想像を超えた方法で働かれることを示しています。
私たちには理解できない出来事があっても、神はご自身の知恵と愛によって歴史を導いておられます。
そのため、理解できない時も神を信頼することが大切です。
③ 神の前にへりくだることが大切
パウロは陶器師と粘土のたとえを用いて、神の主権を説明しています。
現代の私たちも、自分が人生の主人であるかのように考えやすいものです。
しかし神が創造主であり、私たちは神の御手の中にある存在です。
へりくだって神に従う姿勢が求められています。
④ 神は今も人々を救いへ招いている
ローマ9章では、異邦人にも救いが及ぶことが語られています。
神の救いは特定の民族や背景を持つ人だけのものではありません。
神は今もあらゆる人をキリストのもとへ招いておられます。
⑤ 信仰が救いへの道である
イスラエルの多くの人々は律法による義を求めましたが、異邦人は信仰によって義に至りました。
私たちも自分の正しさに頼るのではなく、キリストを信頼することによって救いにあずかります。
⑥ キリストへの応答が人生を分ける
キリストは信じる者にとって救い主ですが、拒む者にとってはつまずきの石ともなります。
重要なのは、自分がキリストにどう応答するかです。
信仰生活はキリストとの関係の上に築かれていきます。
⑦ 神の憐れみは私たちの希望である
ローマ9章を読むと、神の主権の大きさに圧倒されます。
しかし同時に見えてくるのは、神が憐れみに富むお方であることです。
私たちの希望は自分自身ではなく、憐れみ深い神の御性質にあります。
この章の中心メッセージ
神はご自身の主権と憐れみによって救いの計画を進めておられます。
人間の功績や努力ではなく、神の恵みと選びによって救いが与えられます。
ローマ9章は、神の約束は決して失敗せず、キリストを信じる者が真の救いにあずかることを示しています。
「ですから、これは人の願いや努力によるのではなく、あわれんでくださる神によるのです。」(ローマ9:16)

