ローマ1章 福音の力(1:1-32)

背景

① ローマ書の序論

ローマ書はパウロの代表的な書簡であり、福音の内容を最も体系的に説明しています。

1章はその導入部として、

  • 福音とは何か
  • パウロの使命
  • 人類の罪の状態

を提示しています。

② ローマ教会への手紙

ローマ教会は、パウロ自身が設立した教会ではありませんでした。

そのため彼は、自らの福音理解を詳しく説明しようとしています。

③ 福音と罪の対比

1章後半から、人類の罪深い状態が描かれます。

これは後に語られる「信仰による義」を理解するための土台となっています。

④ 本章の中心テーマ

ローマ1章の主題は、「福音は救いをもたらす神の力である」ということです。

ローマ書はしばしば「福音の憲法」と呼ばれます。

1章はその入り口として、福音の栄光と人類の罪深さを同時に示しています。

1. 福音のために召された使徒(1:1-7)

① キリストのしもべパウロ

パウロは自らを、

「キリスト・イエスのしもべ」

と紹介しています。

彼のアイデンティティは、使徒である前に主のしもべであることにありました。

② 福音のために召された

彼は神によって召され、福音のために選び分けられました。

③ 福音は旧約から約束されていた

福音は突然始まったものではありません。

神は旧約聖書の預言者たちを通して、すでに約束しておられました。

④ 神の御子イエス・キリスト

福音の中心は、イエス・キリストです。

  • ダビデの子孫として来られ
  • 復活によって神の御子と示された

お方です。

⑤ 異邦人への使徒

パウロの使命は、すべての国々の人々を信仰の従順へ導くことでした。

⑥ ローマの信徒たち

ローマの信徒たちもまた、神によって召された聖徒たちです。

パウロは最初から、福音の中心が「教え」ではなく「イエス・キリストというお方」であることを示しています。

2. ローマ訪問への願い(1:8-15)

① 信仰への感謝

パウロは、ローマ教会の信仰が全世界に伝えられていることを感謝しています。

② 絶えず祈っている

彼は彼らのために祈り続けていました。

③ 会いたいという願い

ローマ訪問の目的は、単なる観光や交流ではありませんでした。

④ 霊的な賜物を分け与えるため

彼は教会を強めることを願っていました。

⑤ 互いに励まされるため

しかしパウロは一方的な教師ではありません。

自分もまた彼らの信仰によって励まされたいと語っています。

⑥ すべての人への責任

パウロは、

  • ギリシア人にも
  • 未開人にも
  • 賢い者にも
  • 無学な者にも

福音を伝える責任を負っていました。

福音宣教は一部の人々だけのためではなく、すべての民族への神の招きです。

3. 福音は神の力である(1:16-17)

① ローマ書の中心聖句

ここはローマ書全体の主題を示す箇所です。

② 福音を恥としない

パウロは宣言します。

「私は福音を恥とは思いません。」(NASBからの翻訳)

③ 神の力

福音は単なる思想ではありません。

神の救いを実現する力です。

④ すべての信じる者に救いを与える

  • ユダヤ人にも
  • ギリシア人にも

救いが与えられます。

⑤ 神の義

福音の中には、神の義が現されています。

⑥ 信仰による義

有名な言葉が引用されます。

「義人は信仰によって生きる。」(NASBからの翻訳)

⑦ 宗教改革の中心

この節は後にマルティン・ルターに大きな影響を与え、宗教改革の中心聖句となりました。

ローマ書の主題は「どうすれば神の前で義とされるのか」であり、その答えが信仰による義です。

4. 神の怒りと人類の罪(1:18-23)

① 神の怒りの啓示

福音によって義が示される一方、神の怒りも示されます。

② 真理を抑え込む人間

人々は神を知ることができたにもかかわらず、真理を拒みました。

③ 被造物による啓示

創造世界には、神の力と神性が現れています。

④ 弁解の余地がない

人は完全な無知ではありません。

神の存在を示す証拠を見ています。

⑤ 神をあがめなかった

人は神を神として認めず、感謝もしませんでした。

⑥ 偶像礼拝への転落

その結果、創造主ではなく被造物を礼拝するようになりました。

罪の本質は単なる道徳的失敗ではありません。神を神として認めないことにあります。

5. 罪に引き渡された人類(1:24-32)

① 神の裁き

パウロは三度、

「神は彼らを引き渡された」

と語ります。

② 欲望に支配される人間

神を拒んだ結果、人は自らの欲望に支配されるようになりました。

③ 神の秩序の破壊

神が定められた創造の秩序から離れた結果、さまざまな混乱が生じました。

④ 堕落の拡大

さらに、

  • 不義
  • 貪欲
  • 悪意
  • ねたみ
  • 殺意
  • 争い
  • 欺き

など、多くの罪が列挙されます。

⑤ 罪の承認

問題は罪を行うだけではありません。

罪を称賛することにもあります。

⑥ 全人類の責任

こうしてパウロは、ユダヤ人も異邦人も含めて、すべての人類が罪の下にあることを示していきます。

この段階ではまだ救いの解決策は語られていません。まず人類が救いを必要としていることが示されています。

神学的意味

① 福音は神の力です

  • 理論ではありません
  • 哲学でもありません
  • 救いを実現する神の力です

福音は人を実際に救う神の働きです。

② 義は信仰によって与えられます

  • 行いによるのではありません
  • 努力によるのでもありません
  • 信仰によります

神の前の義は、信仰によって受け取るものです。

③ 神は創造を通してご自身を示されます

  • 自然界に
  • 歴史に
  • 良心に

神の証しが存在しています。

④ 罪の本質は神からの離反です

  • 偶像礼拝
  • 自己中心
  • 神への反逆

から、すべての罪が始まります。

⑤ 神の怒りは義なる反応です

  • 気まぐれではありません
  • 聖なる正義です
  • 罪への応答です

神の怒りは聖なる愛と正義に基づいています。

⑥ 人類には救いが必要です

  • 自力では救えません
  • 道徳だけでは不十分です
  • 福音が必要です

すべての人が神の救いを必要としています。

⑦ キリストとの関係

キリストは、

  • 福音の中心
  • ダビデの子
  • 復活された神の御子
  • 神の義を現される救い主

です。

ローマ1章は、人類の罪の現実を示しながら、キリストにある福音こそが救いの希望であることを宣言しています。

この箇所が私たちに語ること

① 福音は人を救う神の力

パウロは、

「私は福音を恥とは思いません。」

と宣言しています。

当時の十字架は弱さや敗北の象徴でしたが、神はその福音を通して人を救われます。

私たちも世の評価ではなく、福音の力を信頼するよう招かれています。

② 義人は信仰によって生きる

ローマ書全体の中心となる言葉が、

「義人は信仰によって生きる」

です。

神との正しい関係は、自分の努力や功績によってではなく、信仰によって与えられます。

信仰生活は始まりだけでなく、日々の歩みにおいても信仰によって支えられているのです。

③ 神はご自身を人々に示しておられる

パウロは、被造物を通して神の存在と力が示されていると語ります。

空や海、自然界の秩序を見る時、私たちは創造主の偉大さを知ることができます。

神は決して遠く離れた存在ではなく、私たちにご自身を現しておられるのです。

④ 人は神なしに生きる時、道を見失う

ローマ1章後半では、人々が神を退けた結果が描かれています。

罪とは単なる間違った行いではなく、神を神として認めない心から始まります。

人生の中心から神を外す時、人は本来あるべき姿を失ってしまうのです。

⑤ 罪の問題はすべての人に関わる

ローマ1章は異邦人社会の罪を描いていますが、その目的は特定の人々を非難することではありません。

後の章でパウロは、すべての人が罪の下にあることを示していきます。

私たちも例外ではなく、皆が神の恵みを必要としている存在です。

⑥ 神の警告は愛から出ている

神の怒りという言葉は厳しく聞こえます。

しかしそれは、神が罪を見過ごされない聖なるお方であることを示しています。

医師が病気を知らせるように、神は私たちを救うために罪の深刻さを示しておられるのです。

⑦ 福音の必要性を覚える

ローマ1章は人間の罪深さを描いて終わります。

しかしそれは絶望で終わるためではありません。

人間の問題の深さを知る時、キリストによる救いの素晴らしさがより鮮明に見えてきます。

福音は良い人のためではなく、救いを必要とするすべての人のために与えられているのです。

この章の中心メッセージ

福音は信じるすべての人を救う神の力であり、その中に神の義が現されています。

しかし人類は神を知りながら神を退けたため、罪と堕落の中へ落ち込んでしまいました。

救いの必要性と福音の偉大さを理解するための出発点が、このローマ1章です。

「私は福音を恥とは思いません。福音は、ユダヤ人をはじめギリシア人にも、信じるすべての人に救いをもたらす神の力です。」(ローマ1:16)