2026-07-25 / 最終更新日時 : 2026-07-20 crossroads キリスト教は初めてという人のために 救いについてもう一度考える――救いとは“天国行くこと”ではない 前回の記事では、 聖書の「罪」という言葉が日本語のイメージと大きく異なることを見つめました。 日本語の「罪」は 「悪いことをした」「道徳的に間違った行為をした」という意味を強く持ちます。 すると罪の結果として、「罰」とい […]
2026-07-25 / 最終更新日時 : 2026-04-29 crossroads 聖書通読 205日目 イザヤ書35~36章:荒野の回復と救いの道、アッシリヤの脅威と信仰の試練 35章:荒野が花咲く ― 回復と救いの約束 35章は、イザヤ書の中でも特に美しい「回復のビジョン」が描かれる章です。 裁きの預言が続いた後に突然現れる、希望の光 のような章です。 荒野が花咲く 荒野と砂漠が喜び、花が咲き […]
2026-07-25 / 最終更新日時 : 2026-07-25 Tomo 礼拝案内 2026年7月26日の礼拝案内 * 聖餐式と愛餐会があります。 Zoomで参加の方はパンとぶどうジュースを。 会堂に来られる方は皆で分け合える一品をご持参いただけたら嬉しいです。 (なくても参加お待ちしております) ※ 9/3に映画「ボン […]
2026-07-24 / 最終更新日時 : 2026-04-29 crossroads 聖書通読 204日目 イザヤ書31~34章:エジプトへの依存の警告、王の統治による回復、諸国への裁きと救いの希望 31章:エジプトに頼る者への「わざわい」 ― 真の助けは主のみ ユダの民はアッシリヤの脅威に怯え、 強大な軍事力を持つエジプトに助けを求めようとしました。 しかし神さまは言われます。 「エジプトに下る者にわざわい」 エジ […]
2026-07-23 / 最終更新日時 : 2026-07-18 crossroads キリスト教は初めてという人のために 罪についてもう一度考える――99%の人が誤解している罪の正体 日本語で「罪」と聞くと、 「悪いことをした」「道徳的に間違った行為をした」というイメージが強くあります。 しかし── 聖書が語る「罪」とは、これらの日本語のイメージとはまったく違う概念です。 むしろ、 日本語の「罪」と […]
2026-07-23 / 最終更新日時 : 2026-04-29 crossroads 聖書通読 203日目 イザヤ書28~30章:指導者への警告、偽りの頼りと真の救い、そして回復の約束 28章:エフライムとエルサレムへの「わざわい」 ― 傲慢と霊的鈍さ 28章は、北イスラエル(エフライム)と南ユダ(エルサレム)の指導者への厳しい警告から始まります。 エフライムの傲慢 酔いしれた指導者たち 真理を聞こうと […]
2026-07-22 / 最終更新日時 : 2026-07-18 crossroads キリスト教は初めてという人のために 信仰について考える 第7回:信仰の成熟──イエスにとどまり、いのちの実を結ぶ 1. 導入──信仰は「始まり」だけでなく「育ち続ける」関係である ここまでのシリーズで、 信仰の始まりを丁寧に見つめてきました。 信仰は“信じる努力”ではなく、神のいのちの流れに身を置くこと 信仰は“宗教的信心”ではなく […]
2026-07-22 / 最終更新日時 : 2026-04-29 crossroads 聖書通読 202日目 ホセア書8~14章:偶像に走る民への裁き、神さまの痛み、そして回復の約束 8章:風を蒔き、つむじ風を刈り取る ― 偶像礼拝のむなしさ イスラエルは神さまを捨て、 自分たちで王を立て、偶像を造りました。 サマリヤの子牛は砕かれる 「風を蒔き、つむじ風を刈り取る」 異国に飲み込まれ、散らされる 偶 […]
2026-07-21 / 最終更新日時 : 2026-07-23 crossroads キリスト教は初めてという人のために 信仰について考える 第6回:誤った伝道方法が信仰をゆがめる──「信じれば天国/信じないと地獄」の問題を見つめる 信仰の本質と伝え方 ここまでのシリーズで、 私たちは「信仰とは何か」を見てきました。 信仰は“信じる努力”ではなく、神のいのちの流れに身を置くこと 信仰は“宗教的信心”ではなく、神が働き、人が応答する関係 信仰の始まりは […]
2026-07-21 / 最終更新日時 : 2026-04-29 crossroads 聖書通読 201日目 ホセア書1~7章:不忠実な民への神さまの愛、裁きと回復の約束 1章:ホセアの結婚 ― 神さまの愛を映す象徴的な物語 神さまは預言者ホセアに、 不倫に走る女ゴメルを妻に迎えるよう命じられます。 これは、 不忠実なイスラエルを愛し続ける神さまの心 を象徴する行動でした。 子どもたちの名 […]